File 3: Psychic・Slayer

 よろめき、光線の雨をかいくぐりながらクレーンを走り降りる。

 消し炭にされた腕はすぐに再生したものの、強烈な違和感が残った。まるで体が他人のものになったような感覚。光線を受けたことで麻痺しているようだ。まずいことになった、と思いつつ着地。その衝撃で大穴を穿つ。


 突如、光線が止んだ。

 そして凪のような静けさが訪れる。どこだ。どこにいる。単純にこちらの姿を見失っただけなのか。それとも別に何か企んでいるのか。緊張の糸を張り詰めさせながら、ゆっくりと歩を進める。やはり思ったようには体が動かない。筋肉が硬直したみたいで、いつまで経っても気持ち悪さがぬぐえなかった。


「くそッ……。何なんだあの光線……」


 光の嚆矢が放たれたのはずっと遠く。つまり、狙撃手はあの不愛想な捜査官ではない。おおよそ仲間の仕業だろう。非常に面倒だ。今後高所は避けなければいけない。

 そのようなことを考えながら足を引きずっていると、


「こっちやで。怪物くん」


 と人の声が背後から聴こえた。

 慌てて振り向くと、女性が突っ立っているのを視認する。格好は漆黒のビジネススーツ。サングラスをかけており、瞳は全く見えない。


 特筆すべきはその奇妙な構えだろう。左手の親指と小指を大きく開き、それ以外の指を折りたたんで、こちらに向けている。ちょうど「コ」の形だ。何をするつもりなのか。予測する間もなく、親指と小指の先からあの紫の電気が放出され始めた。紫電はパチパチと音を立て、指の前で球体を形作ってゆく。電気の塊。それは徐々に高いエネルギー体となって、ヒバナに明確な殺意を示した。


「……ッ」


 再び放たれる光線。至近距離であるからか、その電流は先程のものより濃い。一撃目を紙一重でかわすも、すぐさま二撃目が飛んできて、下半身を容赦なく吹き飛ばした。

 

 大量の血をまき散らしながら、成す術無く崩れ落ちるヒバナ。これほど損傷が大きいと、さすがに再生に時間を要する。加えて、痛みと麻痺で意識が朦朧とし始めた。拳銃では自分は死なない。

 だが、もし全身を消し炭にされたら。果たして復活できるのだろうか。試したことがないので分からない、というのが正直なところだ。初めて感じるありありとした死の恐怖。まるでまな板の上の魚のような気分だった。


 絶体絶命の状況の中、不思議と頭は冷静に巡る。どうして女性が真後ろにいきなり現れたのか。それはヒバナがこの臨海地域に飛ばされたのと似た現象だ。すなわち、瞬間移動。それでしか説明がつかない。


(瞬間移動の超能力者……どこかに潜んでいるのか?)


 サングラスの女性はまず間違いなく超能力者だ。光線を放つ超能力者。だが、それだけじゃない。この辺りにまだ複数の超能力者がいる。


(どうして超能力者が自分を襲うんだ?)


 不可解極まりない現状に呆然としていると、今度は体がふわりと浮遊した。


 そしてそのままコンテナに強く押し付けられる。鉄板にめりこみ、ちょうど大の字に固定された。身動きを一切取ることができない。「見えない何か」が体を圧迫しているようだった。


「ぐあッ……!」


 内臓を潰され、血反吐をごぼごぼと吐く。

 体中が熱い。生気という生気が抜けていくのが分かる。ダメだ。まだ死ぬわけにはいかない。再生して、血を止めなければ。ヒバナは必死で傷口に全神経を集中させた。


 何とか肉を盛り、止血の目処が立った頃合いに、複数の人影が寄ってくる。総勢四人。一口も二口もクセのありそうな人たちばかりだが、自分を強襲した超能力者たちで間違いないだろう。


 一人目は先程のサングラスの光線女。二人目は白髪の若い男。三人目は少女にも少年にも見える幼い子供。そして四人目はあの捜査官だ。

 四人はコンテナに固定されたヒバナをまじまじと見つめ、


「おー。これでも死なんとか凄い生命力やな」

「まさにゴキブリ並」

「いやゴキブリよりも強えだろ、これ」


 と好き勝手言う。


「そんで、七海さん。コイツどうするんですか?」


 白髪の男はダルそうに煙草を噛み、隣で神妙な顔をする捜査官に尋ねた。

 その言葉にキッカは少し考え込む素振りを見せ、一歩前に進み出る。


「ヒバナくん。実は言い忘れていたことがあるんだが」

「……?」

「毒を以て毒を制すという言い回しがあるように、実は超能力には超能力を以て戦うのがならわしでね。有用だと判断された超能力者には捜査官の役職が与えられる」

「つまり……横にいる人たちも捜査官ということですか」


 キッカは黙って頷いた。

 瞬間移動、光線、見えない何か。そのどれもが案の定、超能力だったというわけだ。超能力者を殲滅する立場の捜査官に加担していた違和感も、このやりとりで氷解した。


「それで、その説明を今更俺にしてどうするつもりなんですか」

「なに、簡単な話だ」


 また一歩、近づいてくる。

 ガラスの奥の瞬きの少ない瞳と、視線を交差させた。びくりと肩を震わせ、逃げ出したい衝動に駆られる。それは確実に恐怖だった。怪物でありながら華奢な女性にそのような感情を覚えるのは、何だかおかしな話だ。しかし、それは紛れもない事実。

 一体、何を話すつもりなのだろう。ヒバナは身構える。


「――武本ヒバナくん。君も捜査官にならないか?」


 瞬間、視界が晴れたような気分になった。

 「そうさかん」と頭の中で反芻し、漸く相手に敵意が無いことを理解する。次に戸惑い、驚愕した。


「俺が……捜査官!?」

「そうだ。俗にいうスカウトって奴だな」


 キッカは口調を和らげたものの、能面は崩さずにそう言った。


「……断ったらどうなりますか」

「捜査に協力する超能力者以外を生かしておく意味はない。まあ、そういうことだ」


 どうやら選択肢は無いらしい。ヒバナは逡巡し、俯く。


「浮かない顔だな」

「そりゃそうですよ。捜査官ってのは、つまり超能力者を殺す仕事ですよね。急にそんなこと言われても……」

「ああ、なるほど」

 

 簡単に人を殺す覚悟は決められない。勿論死にたくはないが、だからといって他人を死に追いやる行為が肯定されるわけでもないだろう。

 臆病者と誰かが揶揄するかもしれないが、それはヒバナが人一倍「死」に敏感であることを意味していた。たとえ赤の他人でも絶対に危害を加えてはいけない。そんな価値観が人格の中心にあるので、それをへし折るとなると相当な勇気を要した。


「君はそうか、いわゆる良い人間なのか」

 

 キッカは一拍置き、


「だが、それは君の本性ではない。敢えてその姿になぞらえるなら――人は誰しも心の中に怪物を飼っている。他人に危害を与える素養は誰にだってあるわけだ。直接的にも、間接的にもね」

「? 何を言いたいのかいまいち……」

「つまりはこうだ。迷う必要は無い。それらしい大義名分さえでっちあげれば、人はどこまでも冷徹になれる」


 超能力者を殺さなければ、多くの人間が殺される。それは充分な大義名分だよ、君も必ず人を殺せるはずだとキッカは優しくささやく。悪魔みたいな人だとヒバナは思った。


「でも、それでも俺は……」


 そう言い淀むとキッカはしばらく考え、

 

「分かった。では条件付きで考える時間をあげよう」

「というと?」

「まずはGPSを体に取り付けてもらう。次に逃亡した場合だが、そうなれば君の妹の命の保証はしない」

「なッ……妹は無関係じゃ」

「ああ、本来はな。あまりこちらの心を痛ませないでくれると助かるよ」

 

 そもそもヒバナには逃げると言う考えは無かったが、殺意の矛先が妹にも向かいうると聞いて血相を変えた。

 無関係の人を殺す。それも公的な機関が。そのようなことがあって、本当にいいのだろうか。正直、ただの脅し文句のようにも思えたが、この人たちならやりかねないという気持ちが片隅にあった。真偽は不明。だが、答えは明白だ。


「……分かりました。条件をのみます」

 

 ヒバナは小さくかぶりを縦に振った。

 それを見たキッカはゆっくりと銃を仕舞う。もう戦うことはないと判断し変身を解くと、同時に拘束も解かれた。地面に落下し、げほげほと咳き込む。


「期限は二日。それまでに決めるんだ。名誉のために死ぬか、忠誠を誓って生きるか」


 無慈悲な二択を迫られ、頭が沸騰しそうになる。自分の中の何かが壊れかける音がした。

 刹那の沈黙の後、キッカはうずくまるヒバナを引っ張り上げ、


「今日は車で送っていこう。和泉、同乗できるか」

「もちのろん」

 

 サングラス女が軽いノリで返事する。


「あ、すみません何か……」

「遠慮しないでいい。こちらとしても色々と話したいことがある。それに、その恰好じゃすぐに別の案件で捕まるぞ」


 そう言われて初めて、自分が下半身丸出しなことに気が付く。

 肉体は無事に再生したものの、破れた衣服が元通りになるわけではない。この姿で街を歩いたら即お縄だ。ヒバナはみるみるうちに顔を赤らめ、「な、なあああああああああ!?」と悲鳴にも似た声を張り上げる。

 

 何ともしまらない結末だが、これがヒバナの転機だった。

 自分の他にも超能力者がいる。そして、彼らの多くは発見次第ウラで処理されている。その事実は目を背けたくなるような残酷性を帯びているが、下手に残せば超能力者は危険な存在になるのもまた事実。煮え切らない気持ちを抱えながらも、ヒバナは確実に「超能力者殺し」への扉を開きつつあった。

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