─おばあちゃんの憂鬱─
─おばあちゃんの
「おばあちゃんどうしたのさ、さっきからため息ばっかり」
「はあ。ねえナガル、キョンさんって、死んだおじいちゃんの若い頃にそっくりだねぇ……」
言われて初めて僕は
爺さんが死んだのは僕が五歳のときだ。三百六十五日フルスロットルなおばあちゃんに比べてもの静かで、けど怒ると怖い存在だった。たまにお小遣いをねだると、子供に金をやるとろくな育ち方をしない、とつっぱねられた。でもケチだったわけではなく、金はやるが働けと言われて庭の草取りやら
そんな昔のことを思い出しつつ、もしかしたらキョン君のモデルは
離れには半地下の倉庫があって、先祖代々伝わる骨董品やらゴミやらが納められている。
僕は懐中電灯を持って、記憶を頼りに倉庫の中を漁った。確かまだあったはずだが。僕は使われなくなったタンスの上に重なっている
「キョン君、ちょっと折り入って頼みがあるんだけど」
「なんでしょう
「これ、なんですか」
「まあ見ててよ」
菊の
「軍服ですかこれ……」
「そうだよ」
戦後六十年ずっと倉庫で眠っていた日本の記憶が、今目覚めた。真っ白な絹の海軍士官
「ちょっと、着てみてもらえないかな」
「え、俺がですか」
「頼むよ」
まさか軍服でコスプレをさせられるとは思ってもいなかったようだ。キョン君はぎこちなく上着を着て、ズボンをはいた。僕の見立てどおり、サイズはぴったりだ。
「これ、名前が入ってますけど、本物ですか」
「そう。うちの爺さんが当時着てたやつでね。帽子、脇に抱えてみて」
「こうですか」
「そうそう。ホレボレするね。やっぱ日本男児は軍服だね」
僕はキョン君をひっぱってお
「キョン、なによそのカッコ。戦争にでも行く気?」
ハルにゃんが笑い転げた。
「そんなに笑うこたないじゃないか」
キョン君が紅潮している。僕はけっこう似合ってると思うんだけどな。
「キョン君、とってもかっこいいですよぅ」
みくるちゃんが両手を合わせて瞳をうるうるさせている。やっぱり女の子には制服のオーラが効くらしい。
「……日本海軍士官第一種
やたら詳しいな、
「おばあちゃん、おばあちゃんいるかい」僕は台所に向かって叫んだ。
「なんだい。こりゃたまげた……」
おばあちゃんは大きくため息を漏らした。
「ま……マモルさん」
その名前を口にして、おばあちゃんはハッと我に返った。
「ご、ごめんよ。キョンさんだったね。めがっさ似てるんでついつい」
「キョン君、ちょっと敬礼してみてよ」
「こう、ですか」
「いやいや、海軍はもっとこう、手が額に近いんだ」
爺さんが言っていた。船は通路が狭いから
「ちょっと言ってもらえない?」
「なにをですか?」
「こう、
「
キョン君の
おばあちゃんが目頭をおさえて涙ぐんでいた。
「ご、ごめんよ。なんだか昔を思い出しちゃったのさ」
僕もキョン君もなぜか照れて、目を合わせたり他所を向いたり、金ボタンをかけなおしたりしていた。
「キョンさん、ちょっとお願いがあるんだけどね」
おばあちゃんが下を向いたまま言った。
「なんでしょう」
「そのへん、一緒に散歩してもらえないかなっ」
まるでデートに誘われた女子学生のような、ほんとは逆なんだろうけど、顔を真っ赤にしているおばあちゃんはかわいかった。好きな人と目も合わせられないってのは、こういうのを言うんだな。
「え、この格好のままですか」
「だめ、かなっ」
「いいですよ、おやすい御用です。なんとなく軍人の気持ちになってきましたから」
キョン君も悟ってきたじゃないか。キミも立派なコスプレイヤーだ。
おばあちゃんは
二時間くらいして帰ってきた二人は手を繋いでいた。こ、これってまさかフラグじゃないだろうね。僕が
話を聞いてみると、二人は
おばあちゃんがなぜ
プロポーズのセリフがこれまた
古き良きおばあちゃんの青春。もうあの頃には戻れないけど、過去の時間は思い出の中にある。僕はおばあちゃんのはしゃぐ様子を見て、せめて今日だけでも乙女の頃にタイムトラベルできてよかったと思った。
END
長門有希の憂鬱Ⅱ のまど @nomad3yzec
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