六 章
お屋敷まで歩いて戻ると、
「やあ、無事に帰ってこれたんだね」
「キョン君……もうこっちの世界に帰ってこないかと思った」
「あ……ダメダメ。こんなところを見られたらまた同じ穴の二の
「
「みくるちゃん、あたしのキョンを独り占めしちゃだめよ!」
ハルヒまでが首に巻きついてくる。でも
「あなたの思い通りにはさせささません!んにゅにゅ」
俺は美女二人に抱きつかれ、困ったような嬉しいようなどっちとも言えない表情で
「……連結、解除する」
次の瞬間、体重がゼロになった感覚に襲われ、目の前から
などと妄想しつつ顔の筋肉を
「キョン君、顔が赤いわ」
「あらほんと、キョン熱があるわ」ハルヒが俺の額に触れた。
「……風邪、ひいたから」
いかん、ハルヒが二人に見える。お前らも同位体か。
それから丸一日、俺は高熱の風邪で寝込んだ。おばあちゃんを含む四人の美女が入れ替わり看病してくれ、お
「今冷ましてあげますからね。ふー。はい、あーんして」
「あーん」
子供の頃、病気をするとおふくろがよく看病してくれた。食べたいものはないかと聞かれると、決まって季節はずれの果物を言ったものだ。熱でぼんやりとしたまま、たまにはこういうのも悪くはないなと考えた。ってお前!
「あ、だめですよ。まだ寝てなくては」
どうでもいいがその、おばあちゃんのエプロンはやめろ。
病み上がりにもかかわらず、お屋敷では二日遅れのクリスマスパーティが開催された。クリパというより忘年会だが。俺がまだふらふらしているので延期してはどうかと提案する者もいたのだが、今日やらないでどうする、というハルヒによって強行されることとなった。俺はハルヒがもらってきたというサンタの服を着せられて、ぶり返して熱が出そうな顔がますます赤い顔になった。なんか芸をやれと言われたが、風邪を引いたサンタという
「世界は無事救われたわけですね」
「ある意味では、な。結局向こうの世界は消滅したが」
「生き延びる世界あれば滅ぶ世界あり、ですか」
「ああ。俺たちのハルヒは安定していてよかったな」
「それはあなたのおかげですよ」
「いいじゃないのクリスマスなんだし。あそうだ、帰ったら卒業記念パーティをしなくちゃねえ。キョン、会場を用意しといてね」
やっと十二月が終わるってときにもうそんな話をしてんのか。って俺、かなり時系列が混乱してるな。
翌朝、俺たちは二日酔いの頭を抱えつつお屋敷の掃除をした。世話になったこの数日間のせめてものお礼のつもりだった。
俺たちは
グラウンドに着いた俺たちは、地元にいながら春の甲子園への出場を指をくわえて見ているだけとなった野球部連中のどまんなかに現れた。野手が
「今日は何日だ?」
「……こっちを出て、五分後」
「あたし……吐きそう」
まだタイムトラベルに慣れていないらしいハルヒが、両手で口を抑えて水道に向かった。それ、二日酔いじゃないのか。
「皆さん、お疲れ様でした」
「いえいえ、いろいろ助けていただいてありがとうございました」
あれだけの活躍をしたにもかかわらず、
俺たちは一旦部室に戻った。当然だが、部屋の様子はホコリひとつ変わっていなかった。
部屋のまんなかに、ハルヒの文庫本が落ちているのに気付いた。
「これ、まだ残ってたんだな」
俺はかがんで文庫を手にとり、パラパラとめくってみた。そこにはなにも書かれておらず、目に
「中身がないな。もしかして
「僕たちが
「……本は存在する。未来が白紙になっただけ」
見知らぬ世界から送られてきた俺たちの未来は、未確定のものになったわけか。
「じゃあ
「いいんじゃないですか。元々誰が書いたのか、本人にも分からなかったくらいだし」
ニワトリと卵のパラドックスから開放されてほっとしてることだろう。
ハルヒが青い顔をして部室に入ってきたとき、
「……全員に話がある」
「
「……
「どういうことなのそれ」
「……向こうとこちらでの情報の
前にも聞いた、同じ理由だ。三つの世界と時間を行き来して、俺も混乱気味だ。
「
「そういうことらしいんだ、ハルヒ」
「……こちらの世界は、向こうの世界からの
「実は前にも同じことがあってな、
「そうだったんですか?」
「ああ。こないだは一方的に消してしまったんだ。すまん」
「ひどいわ、って言っても覚えてないからしょうがないですね」
「ごめんなさい、
俺は両手を合わせた。
「そう……。なら、しょうがないわね」
「それに知ってはいけない未来のことも、少し知ってしまったし。仕方ないですよね」
「よく分からないけど。知らないほうが幸せになれるなら、それでいいわ。消してちょうだい」
「ちょっと待て
「……なに」
「それはハルヒにやらせよう」
前回、強制的に記憶を消したことで、
「
「ハルヒがそう願えばそうなるだろ」
「なるほど、その手がありましたか。
「そうだ」
「あたしにそんなことできるの?」
「
「あんたたち、それでいいの?」
全員がうなずいた。
「で、具体的にどうするの?」
「みんな、手を繋いでくれ。それからハルヒが念じればいい」
ハルヒ、俺、
「ねえ、みんなちょっと目を閉じてくれない?」
目を閉じた。俺の左にいる
「あんたも目を閉じなさいよ、ジョンスミスさん」
唇に温かい感触を感じた。あの夜と同じ唇の味。禁じられた名前で呼ばれたのと、この意味不明なキスをされたことで、俺はパニックに陥り固まったまま動けなかった。
それからハルヒは唱え始めた。
「今から三つ数えると、あたしたちはすべてを忘れる。
あたしは宇宙人も未来人も、超能力者も、異世界人も知らない。
あたしは、自分が持っている力を知らない。
三、二、一、……」
数秒間、そのままじっとしていた。部屋を
「ちょ、ちょっとキョン、なんで手なんか繋いでんのよ」
「あら、ほんとだ。わたしたち、なにやってるんですか?」
「……?」
「僕たちいったいなにをしてるんでしょうね」
「とにかく!明日は市内不思議パトロールをやるんだからね。遅れたら、死刑よ」
へいへい、またですか。もう俺たち、やることなくなってきたんじゃないのか。急にマンネリ化の空気に包まれた俺たちは、とりあえず解散することにした。
部室のドアを開けて外に出たとき、背中に視線を感じて振り返った。
いつか遠い未来に、この禁則が解けたらハルヒにも話してやろうと思う。── そう、とりあえずは宇宙人、未来人、超能力者、それから異世界人を従えた
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