二 章
ハルヒには出任せを教えた俺だったが、こっちに来た本当の理由は
車の中でそんなことを思いつつ、窓を伝って流れる雨を見ていた。
制限速度をきっちり守って走る
「あれっ、ここって
「そうだ。だが
インターホンでおばあちゃんを呼び出して、
「おやおや。お酒でも飲んだのかい?」
「ちょっと脳貧血を起こしたらしくて」
朝ならまだしも、こんな夜中に脳貧血かよと思ったが、ほかに言い訳のしようがなかった。
「それから、友達が心配してついて来てくれたんですが。お邪魔してよろしいでしょうか」
「ぜんぜんかまわないさね。ささっ、おあがり」
俺と
ハルヒが耳元でささやいた。
「ねぇねぇ、このおばあちゃん、
「まあ、身内といえば身内だな。でもこっちは
ハルヒは、ふーんと唸ったのか納得したのか分からないような声を
「みんな、泊まってくかい?」
「いいですか?五人もおしかけちゃってすいません」
「いいともさぁ。いろいろと大変みたいだしね。けへへっ」
もしかしておばあちゃん、なにか知ってるんだろうか。
「なんでもないっさ。キョンさん、ささ、布団出すの手伝って」
お座敷に布団を敷いて
「女の子はこっちね」
おばあちゃんは女三人を手招きして呼んだ。離れに連れて行ったようだ。
俺は布団にあぐらをかき、
「ハルヒへの説明、あんなんでよかったか?」
「よろしいんじゃないでしょうか。曲がりなりにも納得してくれてるようですし」
「
「ここで即席で
「身もフタもないやつだな。ハルヒが自分の力に気が付いたらどうなるか心配してたのはお前のほうだろ」
「
まあ最後はそれに期待するしかなさそうだな。不安が
「気のせいかもしれんが、必要以上に楽しそうだな」
「ええ。僕はみんなで不思議体験をするのが好きなんですよ」
前にも俺が
「お前は毎日が不思議に満ちてるだろうに」
「ええでも、
「仲間がいるだろう」
「仲間がいるとはいえ、みんな超能力者ですからね。自分だけが一般の生活圏を離れて
だから俺を
「そうか。じゃあ、いつかまた付き合ってやるよ。ビデオカメラでお前が戦ってる姿でも撮ってやる」
「ありがとうございます。よろしければ
「話は変わりますが」
「なんだ」
「さっきから違和感を感じているんです」
「この部屋にか」
「いえ、こちらの世界に来てからずっと」
「そりゃまあ、こっちの世界は向こうの世界から見たら異空間みたいなもんだろう」
「そこなんです。ちょっと見てください」
「おい、こんなところでなにやらかす気だ。火事になったらどうする」
「大丈夫です。ちゃんとコントロールできていますから」
「ふんもっふか?」
「ええ。かなりエネルギーを
「こっちじゃお前は通常的に超能力者か」
「そうなります。これがいつまで続くかは分かりませんが」
いざというときは頼りになるかもしれないな。カマドウマみたいな敵が現れたような場合だが。
「しかしそれ……、暖かいな」
俺は冷たくなった手をかざした。
「僕の能力は暖房器具じゃないんですが」
おばあちゃんが突然
「すごいねっ。それ、手品かい?」
「ええまあ。実は僕、マジシャン志望なんです」
「へええ。ハトとか出せるかい?」
「タネと仕掛けがあればできます」
「今度、やってみせておくれよ」
「いいですよ。練習しておきますね」
おいおい、そんな
「お風呂、沸いてるからね」
おばあちゃんは
「こっちと向こうにはいろいろと共通点があるみたいですね」
「そりゃまあ。向こうは
「ということは、僕のモデルもいるわけですか」
「さあ。その辺は聞いてみないとな。俺が知ってるのは
「ということはこっちの世界があってはじめて向こうの世界が存在できる」
「そうなるな」
「こっちの世界に異変が起きると僕たちは存在の危機に直面しますね」
「不吉なことを言うな」
「あの文庫本はそれを意味してるのだと思います」
「それはそうと、僕たちはなぜ過去に来たんですか?」
「俺がこっちの世界に来たのは四日前で、今日、向こうに戻ったんだ」
「なるほど。過去のあなたとすれ違いですか」
「あのときは
「今回は文庫本の持ち主を探しに来たわけですね」
「たぶんそうだ。俺たちに
「あの存在しないはずの十三巻ですが、どんな内容だったんですか」
「あれはだな、んぐ・・・…だからええっと、んがが」
「具合でも悪いんですか」
「い、いや、しゃべろうとすると口がふさが……んがぐぐ」
「大丈夫ですか。
「いや大丈夫だ。きっとまだ
「ああ。未来のことが書かれているんですね」
「そうだ」俺はゼイゼイと荒い息をした。
「あなたが僕たちの世界の未来を知っているということは、時間的なパラドクスが発生する可能性がありますね」
「どういうことだ?」
「こっちの世界では、つまり
「
「もし書かなかったら?」
「矛盾するかもな」
「そうなると、とんでもないことが起るかもしれません」
「まあ心配しなくても、俺たちがこっちにいる時点ですでに矛盾している」
「それもそうですね」
今から心配してもはじまらない。俺は大きくあくびをした。
真夜中のことだった。
「……起きてください」
「嫌だ。まだ目覚ましは鳴ってないぞ」
「またそれですか。いいかげん起きてくださいよ。緊急事態です」
「今度は何だ」
どいつもこいつも異常事態になると必ず俺を呼びやがる。俺はため息をつきながら布団の上に起き上がった。
「
「なんだって!?」
布団から飛び出ると、
「……外に、来て」
俺たちは縁側から庭に下りた。
「……」
「……美しい」
「あれか?」
「ええ。不完全ではありますが、
「いつもの、人の形をしていないな」
「右のほうをよく見てください、顔のような部分が見えませんか」
言われてみれば赤い点が三つ、ぽつぽつと見える。
「あいつ、何してんだ?」
「それが謎なんです。まったく分かりません」
「……眠っている」
「すまん、なんであいつが眠ってる?」
「……分からない。
「あいつが現れるのはハルヒのイライラが原因だったよな」
「そうです。でもこの
「ふつうはあいつが現れるのは
「そうです。こっちの世界ではどうか分かりませんが」
「出るところ間違えました、って感じがしないか」
「そんな、お笑い芸人じゃあるまいし」
よく見てみると、
「で、やっぱりあれは消滅させないといけないのか」
「そうですね。
あの夜、北高グラウンドで起こったことが夢じゃなかったなんてことになったら、俺のほうが困る。
「しょうがありません。消してきます」
「ねえちょっと、あれ、なに?」
後ろで声がした。
「あれは
ってハルヒじゃないか!なんで起きてきたんだ!俺と
「なによ。
「おーい
こっちのほうがほんとの緊急事態だ。
「あらら……」
「そこで浮かんでるの
「実は僕はラマ
いつチベットなんかに行ってたんだよ。宙に浮いていた
「ラマ
「……あれはフィトンチッドの一種。森林のマイナスイオン放射があのように見えることがある」
「へー、そうなの。マイナスイオンって体にいいのよね」
ハルヒは
夜空を背景に、まるでオーロラのように青く光る帯を
「お?」
ハルヒが声を上げた。
「あら、なんだか人の形してない?あれ」
まずいぞ、俺は
「さあ、冷えますから戻りましょう」
「ちょっと待って」
すでに遅かった。
「ねえねえ!すごいじゃないのあれ!人よ、人の形してるわ。ランプの精かしら、古代人の大量破壊兵器かなにか」
ハルヒがいつかのように目んたまをキラキラさせて
ハルヒが右手を振った。すると
「すごいわ!すごいわ!なんなのこれ!?」
そりゃまあ、お前の分身みたいなもんだから、お前の意のままだろう。ハルヒは右足と左足を交互に動かし、ステップを踏んだ。かわいそうに、遊ばれている
「ブーン」
手を広げてくるくると
「さすがは
「あんたたち、あたしに隠してることあるでしょ。特に、キョン!」
ハルヒの人差し指が、まるでビシッと音を立てたかのように俺に向いた。とうとうあの夜のことを思い出したようだ。
「話せば長くなるが、」
最初、
「ということは、あれはあたしが作ってるのね?」
「そういうことだ」
「で、
「
「もっと早く言ってくれればよかったのに」
「今まで黙っていてすいませんでした。
もっともらしい言い訳だ。
「水臭いわよ、
「キョン、あんたは許さないわよ!あんときのアレ、夢じゃなかったのね」
思い出したくないのに。
「う……うむ、実は夢じゃない。あれはあの空間を出るために仕方なかったんだ」
俺は赤くなったり青くなったり、
「あんときのこと、誰かに
「いや、誰にも」
俺は頭をブンブンと振った。言えるわけがない。
「いい?あれはあたしとあんたの秘密だからね」
「分かった」
俺はほっとため息をついた。ジョン・スミスはお前かと聞かれなかっただけでもよかったと思わねばなるまい。
「でも、ぜんぜんおとなしいじゃない?」
ハルヒが
「いつもはあんなものではないんです。某怪獣映画みたいにビルや家を壊してまわるんです」
「ふーん、そうなの。見てみたいものだわ」
「それは……なるべくなら、やめていただきたいのですが」
「冗談よ。暴れるようなことがあったらあたしに教えてちょうだい。なんとかしてみせるから」
「分かりました。助かります」
そんなことが可能ならとっくに治まってる気もするが。
「あ……」
「自分から消えちゃいましたね。こんなことははじめてです」
「何事もなくてよかったじゃないか」
「残念。もっと見てたかったのに」
冷たくなった腕をさすりながら俺たちは部屋に戻った。
俺たちは座敷でコタツに座り込んで話した。起きてきた
「それで、
「はい?」
「あたしが選んだメンバーで、
いい勘してるな。というか前にも話したはずだが。俺と三人は顔を見合わせた。互いの視線が、ここで全部吐いちまっていいのかと言っている。
ハルヒがテーブルをドンと叩いた。
「隠してないで、ちゃんと説明しなさいよ」
「え、ええとだな」
俺はせかされるように口を開いた。ええい、もうどうにでもなれ。今まで苦労して隠しとおしてきたのに、なんかあったらお前自身のせいだからな。
「
おお、はじめてちゃんと言えた。
「要は宇宙の果てから来た。こっちの世界に来れたのは
ハルヒはへえええと口を
「前にも話したはずなんだが、お前信じなかっただろ」
「あんたの話の持っていき方がまずかったのよ。宇宙人未来人超能力者はね、もっとセンセーショナルな登場をするものよ」
「俺は事実をありのままに話しただけだ」
こいつらは、俺にはそれなりにセンセーショナルな場面を見せてくれたんだが。
「それでキョン、あんたはなにができるの?」
「俺?」
「あんただけ平凡な人間とか言うんじゃないでしょうね」
「平凡で悪かったな。俺はいたってふつーの人間なんだよ。
「じゃあなんか特殊な能力を身に付けなさいよ。それが無理なら今後の
「俺は平凡でいい。お前らがトタバタやってるのを見てるのが楽しいんだ」
「SOS団に
ハルヒが意地悪そうに笑った。三人とも俺を見て笑っている。なんだお前ら、急に
「じゃあ、あたしは何だろう?」
ハルヒが急に真顔になって言った。
「あたしは、いったい、何だろう?」
もう一度、独り言のように
「お前は台風の目みたいなもんだ。世界はお前を軸に回ってる」
「そのとおりです。
「え……。とてもそうは思えないけど」
「お前が気が付かなかっただけだ。猫が
「言われてみれば、そんなことがあったかもしれないわね」
「俺も三人も、お前が望んで起った事件のフォローに追われてたんだからな」
「ほんとに?
二人ともうなずいた。
「そうだったの……」
ハルヒは知らされた事実に、少しショックを受けたようだった。
「でも、
「わ、わたしもです。SOS団に入ってずっと楽しいことばかりで、泣かされたりいじめられたり、」
「ごめんね、みんな。あたし、自分が楽しいばっかりだったわ」
ハルヒがうつむいたまま言った。
「まあそうしょげるな。俺たちはハルヒに会って確実に人生が変わった。今じゃそう思える」
「寝るわ……」
俺の放った言葉も空しく、ハルヒは黙って部屋を出た。残った四人に、しばらく沈黙が続いた。
「ややショックだったようだな」
「彼女にはこれまでとは違った、精神的なフォローが必要です」
「ハルヒに心の支えが必要だってのか」
あいつにそんなもんが必要なら瀬戸大橋の
「
「自分をコントロールしきれないってことか」
「むしろ無理に自分を
なるほどな。
「いつかは話す日がくるかもしれないとは思っていたが、まさかこんな非常時にこんな形になるとはな」
「あなたはできるだけ
そう言ってくれれば少しは安心できるが。
「俺、少しハルヒと話してくるわ」
今はそっとしておいたほうが、と三人は止めたが、俺は聞かなかった。
「ハルヒ、ちょっと入るぞ」
俺は離れの引き戸を開けた。部屋の隅に丸まった布団があった。その塊の中からときどき鼻をすする音がする。
「さっき言い忘れたことがあるんだがな」
「なによ、泣いてる顔なんか見せないわよ」
布団の中からハルヒの鼻声が聞こえた。これはこれでかわいいところもあるんだな。
「
「どういうことよ」
「
「なによそれ……」
目を真っ赤に泣きはらしたハルヒが顔を出した。ちょっとだけドキドキしたぞ。
「だから、お前を含めて俺たちの
「また妙なことを言うわね。あんた、今日だけでどれだけあたしを驚かせたと思ってるの」
「黙っていてすまん。お前にすべてを話したらどうなるか、それが心配で話せなかった」
というのは嘘ぴょんで、あいつら三人が勝手に
「気負うことはないから。今までどおり、ナチュラルなお前でいろ」
そう、さっきからこれが言いたかったんだ俺は。素直に口から出てこないのがうらめしい。
「あったりまえじゃないの。あたしはあたしよ」
それでこそハルヒだ。
その日の夜、
夜明け頃、何度もあくびをしながら
「考えようによっては、これくらいで済んでよかったと思いますよ」
「ハルヒを起こして止めてもらえばよかったのに」
「それも考えたんですが。
「まあいつもと変わらないハルヒでいてくれて幸いというか」
ハルヒに相当なショックを与えたんだから、銀河が
「それに、これが僕に課せられた仕事ですからね」
余裕で笑ってみせる
「キョン、
朝、ハルヒが
「ん~まだ目覚ましは鳴ってないぞ」
昨日ろくに寝付けなかった俺は布団に潜り込んだ。ハルヒに布団をひっぺがされるかと予想していたのだが、別の方向から声が聞こえてきた。
「ちょっと
顔を出すと、ハルヒが
「お前、初対面でそんな乱暴な」
「ん……」
「あ、
「うわあああ!!出たああ!」
「人をおばけみたいに、失敬ね」
「キミたち、まさかそんな。ありえない!これはぜったい夢だ。夢に違いない。だから寝よう」
ハルヒと
「ちょっと
「や、やっぱり言われた」
布団のなかからモゴモゴ言う声が聞こえた。
「
「まさかまとめてやってくるとは。
「ええ。
「あたしだけのけ者にしようっての!?」
いや、そういうつもりじゃないんだが。
「しかし……」
「な、なによ」
「かわいいな」
「もうっ!なにを言い出すかと思ったら」
ハルヒが怒ったような照れたような表情で布団に飛び乗り、ぽこぽこと叩いていた。俺はそれを、仲のいい親子がじゃれているように微笑ましく見ていた。いやまあ、ある意味親子なのだが。
男どもは着替えるからと、部屋からハルヒを追い出した。
「改めまして、
「思ったよりイケメンだね」
「お
どうでもいいだろそんなこた。
「まさかハルにゃんが来るとは予想外だったけど」
「ちょうどこっちに来ようとしていたとき、ハルヒに転移の現場を押さえられてしまったんです。それでやむなく連れてくることに」
「そりゃ
「昨日の夜、こっちの世界で
「こっちに
「最初は異空間ではなく通常空間に現れたんですが」
「そりゃまたとんでもない事態だね」
「奇妙なことに、山の上に寝てたんです」
「寝てたって?」
「向こうの、山の上に横になっていました」
「それ、ほかの誰かに見られた?」
「どうでしょう。数分間のことでしたが」
「えらいことだ、もう朝刊に載ってる!」
地方
「この写真、どう見ても神人が踊ってますね」
「きっと読者から問い合わせが殺到するよ。僕の仕込みだと思われる」
記事には、レーザーによるホログラフィック映像が空気中の
「あの
その辺でなんとかうまくごまかして、市民の方々には一日も早く忘れてもらいたいものだ。
「まさか
「こいつ、踊ってるのかい」
「ええ。まるで
「それで、
「いえ。これも不思議なことに自然消滅してしまいました」
「うーむ。ふつうは
「そうですよね。でも
「こっちの世界で?」
「ええ。思うに、こっちの世界は僕たちから見れば異空間なので、
「じゃあその時間、ハルにゃんがイライラしてたんだね」
「昨日の夜、
「彼女の能力のこと?」
「ええ。昨日だけで十四体くらい狩りました」
「なんてこった。よく世界が消滅しなかったね」
「すいません。やむにやまれぬ展開になってしまいまして」
「しかしこれは困った。話が続かなくなるよ」
ハルヒに説明したのは俺なんで、いくらハルヒの命令とだったとはいえ自分の責任を感じていなくもない。俺がもうちょっとうまくごまかすとか、よくできた話をでっち上げるとかすれば世界は救われたのかもしれないが。
「まあこれがこっちの世界の必然なのかもしれないね」
まだ本題に入ってなかった。
「こっちにやって来た理由なんですが、例の文庫本がまた現れたんです」
「なんと。十三巻かい?」
「そうです。俺は読んでないですが、
「いったい誰がなんのためにそんなことを。僕はまだプロットすら書いてないのに」
「前回こっちに来たのは突発的なものでしたけど、今回は
「なるほど。自力で行き来できるってわけだね」
「それと、俺と
「すると向こうは二月かい?」
「ええ」
「月日の経つのは早いもんだ」
「ということはキミたちは僕にとっちゃ未来人か」
「二ヵ月ですが。そういうことになります」
「未来の情報を流入させてメリットがあるのは誰だろうね?」
「今のところまだ分かりません。それを知るのが目的というか」
「僕たちのような存在がほかにもいる、とは考えられませんか」
「というと?」
「僕たちの世界は
「世界がいくつもあるわけか」
「そうです」
「うーむ。そんなやつがいるなら、締め切り前の原稿を頼みたいね」
「手分けして書けば楽ですね。いっそのことゴーストライターとして雇ってみては」
「分裂みたいに別々の展開になったりしたら話がややこしくなるな」
あの、話がだいぶそれてる気がするんですが。
「冗談はさておきだね。今分かることは、例の十三巻を送りつけた誰かは、キミたちの世界の存在を知っている。それが
「いずれにしても接触すれば、どこかに矛盾が生じるでしょうね」
「キミたちのためではなく
この二人、話が合いそうなんで俺は聞き役に徹しよう。どうせ半分も理解できないし。
「僕たちに敵する勢力とは、いったい誰でしょうか」
「うーん。例の
「ということは
「展開からして、僕のシナリオパターンじゃないね」
「じゃあいったい誰が……」
三人は同時に上を見上げた。誰かがこの状況を見てほくそえんでいる。そんな鳥肌が立つような感覚に襲われたのだ。
不本意ながら、ハルヒが自分の能力を知ってしまったわけだが本人はどう思っているのだろう。俺は食堂に入り、ちらりとハルヒの表情を見た。
「先に食べてるわよ」
ハルヒは味噌汁をすすっていた。初対面で家に上がりこんで朝飯まで戴いてるというのに、この無緊張感はいったいなんだ。
「よ、よう」
なぜか俺のほうが気を使って、
台所からおばあちゃんが現れた。
「おやおや、キョンさんもお目覚めかい。よく眠れたかい?」
「おかげさまで。突然三人追加で押しかけてごめんなさい。つる……、おばあちゃん」
「いいっさ。うちはたまーにしか来客がなくてね。あたしゃ
おばあちゃんはご飯をよそってくれた。白い米がまぶしい。
「おばあちゃん、この味噌汁、さいっこうよ」
「そうかい、嬉しいねえ。近頃じゃ若い子は家で日本食を食べないって言うじゃないか」
「あたしは和食党よ。おふくろの味は国民の財産だからね」
おばあちゃんはけっけっけと笑った。チラリとのぞいた
「おはようございます」
「……」
「あの、突然お邪魔して申し訳ありません」
「いいってことさっ。ささ、たんっとお食べ。堅苦しいことは抜き抜き」
「あ、ありがとうございます」
「わたしのおばあちゃんに、似てる……」
「おかわり!」
ハルヒが漬物をボリボリ食いながら茶碗を差し出した。おばあちゃんが大きな木のしゃもじで、お
しばらくハルヒの様子を見てはいたが特に変わった様子は見受けられなかった。
「ハルヒ、変わりないな」
「そうですね」
「意外と言えば意外だな」
「そうでしょうか。前にもお話しましたが、
「お前、ハルヒが能力に気付いたら何が起るか分からないと
「ええ。いざそれが起ってみたらなんのことはない、平凡な日常のひとコマが現れただけだった、といった感じはありますね」
「嵐の前の静けさとかじゃないよな」
「それも大いにありですが、こうも考えられます。
「それがなぜ日常と変わりないハルヒになるんだ」
「当たり前の能力を当たり前のように使って奇蹟を起こすなんて、
「お前の言ってることはどうも
「僕もだんだん分からなくなってきました」
「そういう力はね、いざってときに取っておくものよ」
それもそうだよな。ってハルヒ、立ち聞きしてたのか。
「あんたたち、ランプの精がなんで願い事を三つしか
「俺なら願い事を増やせと言うな」
「あんたにはロマンってものが理解できないのね。魔法なんてものはね、一生のうちに一度使えれば幸せなのよ。ここイチバンってときにそれを使うから価値があるの」
「さすがは
「でしょ。毎日気の向くままに魔法を使ってたりしたら、年中吊るされてるテルテル坊主みたいに効果もありがたみもなくなるってもんよ」
「素晴らしいです。僕が国連事務総長なら、
もしそうなった
「試しになんかやってみせてくれよ。水をワインに変えてみせるとか、水の上を歩いてみせるとか」
「あんたったら最低ね、あんたの願い事は一生
どうやら怒らせたらしく、スッタスッタと部屋を出て行った。
「……付き合って」
顔を合わせるなり
「……アパートに残してきた物資を処分しに行く」
そういえば前回こっちを離れるとき、文庫本やら俺のこまごましたものやらを置きっぱなしだった。
俺と
「
「……いい」
「あんときは大変だったな」
「……そう。長かった。最後の一日は、貴重」
今の俺と
「
「地球上に来てからの
ああ、それって終わらない夏休みも含めてか。
「……あなたとの共有時間は約五年」
「
「……それを合計すると、天文学的時間になる」
「なんと……。
「生命体を比較する要素としては、時間はあまり意味がない」
安心した。人間はやたら歳を気にするからな。
「……それに、」
「それに、レディに向かって歳を聞くもんじゃないよな」
駅前の駐輪場で百円を払ってカギを
「後ろ、乗っていいぞ」
「……」
部屋の中はシンと静まり返り、俺たちが出たときのままだった。
「当然だけど、なにも変わってないな」
「……そう」
丸いちゃぶ台が、六畳ひと間のつつましい部屋のまんなかにぽつりと俺たちの帰りを待っていた。
「……今日、ここを引き払う」
「借りたままにしといてもいいんじゃないか」
「……おそらく、もう来ない」
そうなのか。俺がいたのは実質一日だけだが、ここがなくなってしまうのはなんとなく惜しい気がする。俺は部屋の壁を埋める本棚を見た。
「この本、どうするんだ?」
「……処分する」
「もったいないから
「……」
「車で取りに来てもらえばいい」
「
俺たちは棚から本を出してヒモで
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