一 章
挿絵:
https://img.atwikiimg.com/www25.atwiki.jp/haruhi_vip/attach/3039/29/chapter01.jpg
そろそろ梅でも咲こうかというのに、いっこうに気温が上がらない。上がらないどころか
結果はともあれ本命も滑り止めも無事に受験が終わって、学校では三年生をほとんど見かけなくなった。生徒の三分の一がいなくなり、校舎の一部がガランとして静まり返っている。一年生も二年生も残すところ、
その日の朝、教室に入ると俺の席の後ろで机につっぷしているやつがいた。ハルヒが珍しくふさぎこんでいる。
「よっ、どうしたんだ?」
「どうもしないけど、今朝からずっと耳鳴りがするのよね」
お前もか。俺も今朝起きたときからずっと妙な感覚を感じていた。どこがどう妙なのか分からなくて説明のしようがないんだが、視界がぼんやりしているというか、
二限目の英語の授業中、突然教室の前のドアがガラリと開いた。誰が入ってきたのかと全員がそっちを見た。俺もつられて教科書から目を上げると、隣のクラスにいるはずの
「ちょ、
「おい、何があったんだ」
「……急いで、時間がない。
俺は言われるままに気絶したハルヒを肩にかついだ。教師とクラスメイト全員が
「やあ、どうも」
廊下には
「……
「
「……間に合わない。無事を祈る」
そう言うが早いか、球の外の映像がブレはじめた。この感覚、前にもあった。一昨年の十二月十八日、俺が校門前で
「原因は何だ?誰かが歴史を書き換えようとしてるのか」
「……分からない」
数分してまわりの景色は元に戻り、俺たちを包んでいた青い球体は消えた。
「もう、大丈夫」
「そうか。教室に戻っていいか?」
「……いい」
「ありがとよ」
「……お礼ならいい。わたしはしばらく調査する」
「今日の
あいつが危機感を持つのはよっぽどのことなのだろう。
「じゃ、後ほど部室で」
手を振って去っていった。
さて、気絶したハルヒをかついで教室に戻るのに、どう説明したものかな。しかしハルヒ、重いぞ。
その日の放課後、午前中にあった
部室棟の階段を登ると、文芸部部室がやたら
俺はそこにあるものを見て我が目を疑った。あ……
「
「……
「つまりですね、調査に訪れた
「キョン君」「困った」「ことに」「なっちゃい」「ましたぁ」
十一人の
「お願いです、誰かひとり代表してしゃべってもらえませんか」
「誰か」「って」「誰が」「代表に」「なれば」「いいんで」「しょしょしょしょ」
最後のは完全にこだましていたな。
ちょっと
「
「……正直言って分からない」
「ホクロを調べてみてはいかがでしょうか」
「お前、
「僕の口からは言えませんね。あなたなら角が立たずに確認できるんじゃないでしょうか」
「お前この状況を楽しんでるだろ」
「分かりましたか」
「……ひとりずつ、コスプレさせるのがいい」
「しかし十一人分の衣装が……って
俺は部屋の中を右往左往する
「えーと、
「それもそうですね」
ゴスペルのコーラスでもやれそうな十一人の声が同時に応えた。
「でも、誰かが残らないといけませんよね」
そりゃそうだ。ひとりは残らないとこの時間平面から
「じゃ、じゃあ失礼ではありますが、誰が残るかくじ引きで決めたいと思います」
俺、もしかしてこの状況を楽しんでないか。
どこから用意したのか、
「赤いのを引いた
やがて外れた
「やれやれだな」
「失礼ながら、時間旅行をする者の悲しい
「ひどいわ
帰宅後、
「……全員集まってほしい」
「なにがあったんだ?」
「……詳しくは、後で」
「分かった。
「……待っている」
「……入って」
「
「……まだ」
あの事件からこっち、
「部屋、明るくなったな」
「……そう」
「……飲んで」
「ああ、サンキュ」
この部屋に最初に訪れたときには、正直寒くてとても人が住んでるとは思えない空間だったが。そんでもって
インターホンが鳴った。
「どうも、遅くなりまして」
「あの、
「
「……もう少し待って。もうひとり来る」
もうひとり?誰だろう。そのとき、インターホンが鳴った。
「皆様、こんばんわ」
「どうも
「いえいえこちらこそ。お元気そうでなによりですわ」
キッチンからお茶と
「……本題に入る」
「……これは、
「なんですかこれ、
「はて、そのような事実はなかったような気がしますが」
二人とも、前と同じ反応をしているな。
「
実は俺だけは覚えてるんだが。
「これより説明する。禁則が一時的に解かれる」
「そんなことがあったなんて……」
「つまり、この本に書いてあることが僕たちの世界の動向を左右するわけですか」
「俺の手にあった本は向こうに置いてきたよな」
「……それとは、別の一冊」
「
「……そう。前回直接手で触れたが、それはきわめて危険。クロノ放射を検出した。
クロノ放射が何なのか知らないが、ケースに入ってるのはそのためか。
「本来ならこれは見えていないはず」
これはいったい、誰が何のために用意したのか。
「今朝の
「……情報量が限定されているが、その可能性は高い」
「それで、本の
「……今のところ不明。もしこの本が
「またもや世界は消滅の危機ですか」
「……消滅はしない。歴史を上書きするか、無限ループが生じるだけ」
「で、俺たちを呼んだ理由は」
「……
「ということは、わたしたちが向こうの世界に行っちゃうんですか?」
「……そう。著者とのコンタクト、本の
「行くなら厚着していったほうがいいな。あと生活用品とかも」
こないだはほとんど何も持たずに行ったからな。あの状態なら何を持っていっても役に立たなかっただろうが。
「向こうの世界は特殊な環境なんですか」
赤道の反対側で季節が逆だからとかじゃなくて、十二月に飛ぶからなんだが。
「……こちらとほとんど変わりない」
「では、必要な物資は僕のほうで
「……全員分の身分証明書、レーション、救急医薬品」
「世間は未成年には冷たいからな。身分証明がなくてなにかと苦労した」
「じゃあ免許証を手配します」
「それから金も多少あったほうがいい」
まだこないだの金、返してなかったな。戻ってきたらバイトしないと。
「かしこまりました。武器はいりますか?」
「武器の携帯は厳禁です……あぶないですぅ」
「冗談ですよ」
「バナナはおやつに入りますか?」
この非常時になにを言っているのかと、全員の冷たい視線を浴びた。
「す、すいません。ちょっと言ってみたかったもので」
なんだかこいつだけは不必要に楽しそうだな。緊張を楽しむタイプか。
「……決行は明日、部室にて」
「……解散」
俺たちはそれぞれ帰宅した。
やっぱり出発は部室なのか。
週末のSOS団部室、もとい、文芸部部室だ。
俺は六限の終わりを待たず、珍しく授業をさぼってさっさと部室に行った。遠足の前日のようなワクワク感を
部室のドアを開けると
「よっ。今日は早めに来たぜ」
もし俺だけに知らせておくことがあれば、あるいは前もって検討しておくことがあればと思って余裕を持って来たのだが。
なにをしてるのかは分からないのだが、
「なにを捕まえてるんだ、虫か?」
「……
「
「……
あんな重たいもん持たせても荷物になるだけな気もするが。
「やあ、遅くなりました」
「出発するのに必要な物資です。用意するのに手間取りまして」
こいつがキャンプに行くときは必ず食料隊長を買って出るんだろうな。
「それから身分証明書です」
免許証を受け取った。写真の写りはいまいちだが、よく出来ている。普通自動車だけか。
「大型特殊とか
そんなもんあっても運転できねーだろ。普通自動車でもあやしいのに。
「あら、皆さん早いんですね。遅れちゃってごめんなさい」
通学カバン以外に旅行用のバックも下げている
「あの、制服のままでもいいんでしょうか。いちおう旅行用の服も用意してきたんですけど」
「いいんじゃないでしょうか。必要なら向こうで着替えられると思います」
旅行用ってまさか、エジプトでミイラの発掘をするようなコスプレではあるまい。それはそれで見てみたい気もするが。俺は通学カバンに必要最小限の衣類だけを詰め込んで、教科書の類は机にしまったままだ。
しかし、全員が一度に現れたら
「
「……彼女は連絡要員として残る」
「じゃあ、これで全員だな」
「もしかしてそれを読むのか」
「……この本の
そうか、よかった。あのループする感覚は頭がおかしくなりそうだからな。
「……
「わたしの出番ですかぁ?ええっと、待ってください。上司に聞いてみないと……」
「あの……前例がないので判断しかねる、らしいです。どうしましょう」
まるでどっかの頭の固いお役所だな。窓口が三時に閉まらないだけまだマシだ。
「よその世界での時間移動なんて、こちらにはさして影響ないでしょう」
「それもそうですね。なにがあってもわたしの責任じゃないですよね」
「……そう。では、はじめる」
「……あ」
「あ……」
「あんたたち、あたしに内緒でなにしてんのよ。そんなリュックなんか背負って、夜逃げでもする気?」
まずいときにまずいところを見られた。今日は掃除当番じゃなかったのか。
「す、
「ええっと、僕たちはですね、春休み中の合宿を検討していたんです」
「そうなんです。わたしたち、遠足の予行演習をしていたんです」
「団長のあたしを差し置いてそんなミーティングを開くなんて、
俺たち給料もらった覚えはないんだが。ボーナス払ってもらえるなら今すぐやめてやってもいいぞ。
ハルヒの眉毛がピクピクと動いた。腕組みをして一同を
「僕達で計画して
「そんなたわ言は聞きたくないわ。本当のことを話しなさい」
今回ばかりは
「なによその、示し合わせるような視線は」
俺はハルヒの腕を取った。
「ハルヒ、お前も一緒に来い」
「来いってどこによ」
「でも、そんなことをしたら」
「置いていったらアレが出るぞ」
「ハルヒ、今は説明してる暇がないんだ。向こうで説明するから来い」
俺はいつも、
「あとは俺が責任を持つから、
「……分かった」
ずっと右手を上げたままだった
あのときのような白い光には包まれなかった。まわりが暗闇になり、うっすらと見える青い光に包まれた。ドアがあったと思われる方向から、ひとつの青い光の輪がやってきて俺たちを包み、そこにいる五人の姿を照らして、やがて窓があったと思われる方へと消えた。続いて同じ輪が次々と現れは消え、現れては消えた。青い光の輪が並ぶトンネルをくぐるかのように、そして動く歩道の上で移動しているような感覚に襲われた。
ゆっくりと浮かび上がった
「……到着した」
時間移動にも
「ええと、じゃあわたしの番ですね」
行き先の日付は俺がここを離れた十二月二十四日、だいたい夜九時半から十時ごろだろう。
「着きました。午後九時四十五分です」
ハルヒを見ると手で口を抑えている。無理もない。奇妙な模様が走るトンネルを歩かされ、テーマパークの絶叫マシンでも体験できないような気分を
「おい、こんなとこで吐くな」
俺は全員を促し、人目を避けてともかくグラウンドに入ることにした。俺はハルヒを水飲み場へ連れて行った。ハルヒは顔をジャブジャブと何度も洗い、俺が渡したハンカチで鼻をかんでようやく落ち着いたようだった。二日酔いで青ざめたような顔をしたハルヒが口を開いた。
「それで、いったいここはどこなのよ」
さて、ハルヒにどう説明したもんだろう。今までこいつにはいろいろとその場しのぎの嘘をついてきたが、今回ばかりはどう説明すればいいのか見当もつかない。いっそのことタイムトラベルと言ってしまえば、まだ救いようはあるんだが。じゃあどうやってやったのと深く追求されたら、
「それに、なんで夜なの?まさかタイムトラベルしたの?」
「まあタイムトラベルではあるんだが、ここは俺たちの住んでる世界とは違う、簡単に言ってしまうと異世界だな」
「は?そうなんだ」
ハルヒはぽかんと口を開けた。俺はてっきり、何バカなこと言ってるの、ちゃんと説明しなさいよね、と首を
「ということはよ、ここに住んでる人たち全員、異世界人なわけね」
お前、なに目んたまキラキラさせてんだ。
「異世界人は俺たちのほうだろう」
「まあ、外国に行けば自分が外人になるようなもんだけど」
分かりやすいな。
「それで、ここはどういう世界なの」
「どう説明すればいいか分からんのだが、俺たち以外の人間はふつうに存在してふつうの日常を暮らしてる」
「つまり、あたしたちがいないわけ?」
「まあ、そういうことだ」
「分かったわ。こういうことね、異世界人を捕まえてあたしたちの世界に連れて行って人体実験しようってのね」
「そんな地球外生物みたいな真似するかよ。お前が異世界人に会いたがってたからツアーを組んだんだ」
いい
「あたしに黙って行こうとしてたじゃない」
「これは調査旅行のはずだったんだよ。いきなり団長を連れていってトラブルになったら申し訳ないだろ」
「まあ、それもそうね。ロケハンは下っ端のやることだしね」
やっと納得したか。ほかの三人もほっとしたようだった。
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