長門有希の憂鬱Ⅱ

のまど

プロローグ

 グラウンドに到着したとき、すでに火は消えつつあった。辺りに立ち込める、灯油と火薬の燃えた臭いが鼻を突いた。俺が描いた地上絵の形に、赤い光がゆらゆらとゆらめいていた。ときおり吹き抜ける冷たい風に、火は立ち消えようとしていた。暗くてよく分からなかったが、野球のバックネットのそばに人影らしきものが見えた。どうやらまだ帰ってないようだ。

谷川たにがわさん!谷川たにがわさん!俺です」俺は大声で叫んだ。

その人影ひとかげはこちらを振り向き、驚いて目を見張った。

谷川たにがわさん!また戻ってきました」

「そんなバカな」

谷川たにがわ氏は口をあんぐりと開け、俺の顔を確認すると後ろにぶっ倒れた。


 階段のほうから四人が歩いてくるのが見えた。俺はこっちだと手を振って示した。

「それ、誰?」ハルヒが尋ねた。

「この人は谷川たにがわさんと言ってな、俺たちがいつもお世話になってる人だ」

白目しろめむいて気絶してるけど。

「ふーん。……なかなかいい男ね」

冗談言ってる場合か。

 冬の夜空に、冷たい雨が降り始めた。

「雨だ。傘持ってくればよかったですね」

「あ、わたし持ってますよ」

さすが朝比奈あさひなさん、準備がいい。

「一本だけですけど」

それを五人で身を寄せ合ってさすのは無理があるかと。

「濡れますから、とりあえず運びましょう」

俺の記憶が正しければ、学校の前の坂を登ったところに車が止めてあるはずだ。

古泉こいずみ、足を持ってくれ」

俺と古泉こいずみは死体を運ぶように谷川たにがわ氏を抱え、校門への坂を登った。

「僕たち、なんだか死体を運んでる殺人犯みたいですね」

なんて物騒ぶっそうなことを言うんだお前は。俺も想像してた。

 人目をけて車のところまで来た。前回来たときと何も変わっていない。車のキーは谷川たにがわ氏のポケットに入っていた。

「車まで運んだはいいが、後どうしよう?」

「……わたしが運転する」

長門ながと、運転できるのか」

「……理論はわかる」

理論って、長門ながとなら学科試験がっかしけんは簡単に通るだろうが……。俺はほかに運転できそうなやつがいないかメンツを見回した。

古泉こいずみは?」

「残念ながら経験ありません」

「あたし、運転くらいできるわよ」

いや、ハルヒ、お前が運転する車に乗るくらいなら三百六十度回転ジェットコースターに乗ったほうがまだ安心できる。俺は朝比奈あさひなさんにコソコソっと尋ねた。未来にも車くらいあるだろう。

「運転できますか」

「ごめんなさい、こんな古い方式の移動車両は運転したことがないですぅ」

そうでしょうね。未来じゃ行き先を告げるだけで自動操縦っぽいですもんね。しょうがない、完璧をする長門ながとの力学的正確さに任せよう。俺が助手席に座り、後ろの三人のひざの上に谷川たにがわ氏を寝かせた。長門ながとの、おそらく生涯しょうがい初であろう車の運転をハラハラしながら見守った。


 さて、どこから話そう。そもそも、なんでハルヒがここにいるのかを説明しなければなるまい。事の起りは、俺と長門ながとが平行世界から帰還きかんして、二ヵ月くらいしてからのことだ。

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