多面性
夜。とある喫茶店の窓際の席で向かい合い座る男と女。店の照明とBGMにそぐわない、その神妙な面持ちに周辺には重苦しい空気が漂っている。
他の席の客もなんとなく気にしているが、おそらくあれは……。
「他に好きな人ができた、か……」
「……本当にごめんなさい」
「ははは、まあ、付き合ってから半年も経ってないしね。傷は浅い……かな。どうなんだろうな」
「ごめんなさい……」
「ふぅ……で、その相手というのが、まさかの女の子なんだって?」
「うん……本当にごめんなさい。その、正直あたしもびっくりで……」
「逆チン堕ちかぁ」
「うん……ん?」
「ん?」
「逆、チン堕ち……?」
「ああ。いやさ、ほらレズカップルの片方に彼氏ができて別れちゃうことってあるじゃん。その逆かぁ、と思ってね」
「チン……。チン、コ……ああ、あー、うん。いや、その逆を言うならゲイのカップルの片方に彼女ができることじゃない?」
「いや、それは真逆じゃん」
「そう……いや、それにこの場合は普通にレズ堕ちというか、いやまあ、なんでもいいけど。それじゃ、部屋の鍵は返すね。本当にごめんなさい」
「ああ……。それで、その子はどんな子なの?」
「ん、まあ優しくて。それに、ああ、あなたももちろん優しかったけど、その」
「ははは、いいよ気を使わなくてさ。それで可愛い系? キレイ系?」
「まあ、可愛い系かな」
「いいねぇ」
「うん?」
「それで、その子は一度も彼氏がいたことがないの? 女の子としか付き合ったことないの?」
「あー、どうなんだろ。たぶん、そうかもしれない。小学校の頃から男の子が苦手で女子としか遊ばなかったとか言ってたし」
「いいねぇ……」
「え?」
「それで、もう絶対に男とは付き合わないとか言ってるんだ。男なんてって感じなんだね、ほうほうほう」
「いや、狙ってない!?」
「え?」
「チン堕ちっていうの狙ってない? 憧れてるの!?」
「おいおい、店の中だぞ。やめろよ、そんなはしたないことを大声で言うの」
「そっちが言い出したのよ!」
「それでさ、ん? 電話鳴ってない?」
「え、あ、彼女からだ。はい、え? いや大丈夫、いや、揉めてないよ。うん。え? いや急に立ち上がったのは、まあ、そういうこともあるというか、うん、じゃあ――」
「え? まさか見てる? 近くに、もしかして外にいるの? どの子? あの子?」
「だからチン堕ちを狙うんじゃないわよ! あ、ううん、違うこっちの話。なんでもないの。チン、え? ごめん、何の話かわからない」
「近くにいるなら顔くらい見せなよ、それが筋ってもんじゃないのか? 愛した女性を任せられるか見たいもんだよ」
「それっぽいこと言ってんじゃないわよ! もう別れるんだからあなたに関係ないでしょ! ……え? 来る? だから揉めてないって、大丈夫だから、え、あ、切れた……」
「お、もう来たね。あの子か。へぇーいいねぇ」
「だからチン堕ち狙ってるんじゃないわよ、そもそもあなたには無理よ。て、もーう! 来なくていいのに!」
「でも、すごい剣幕だったから……私のせいでもあるし、あ、こ、こんばんは」
「どうもぉー、いきなりで悪いけど、チンポは嫌い?」
「なに聞いてんのよ!」
「え、き、嫌いです!」
「答えなくていいから!」
「いいねぇ素質あるねぇ」
「だから狙うな! 素質ってなによ!」
「ほんと、取りたいくらい……嫌いです……」
「ん? 取りたいくらい?」
「はい、自分の……ってすみません。初対面なのにこんな話」
「え、君って男? あ、そういう……え、知ってたの? え、ちなみに大きい? 君ら、もうしたんだよね?」
「まあ、うん。あなたのよりもずっと……」
「いや、チン堕ちしてんじゃん」
「ほんと、すみません……僕……」
「いやいやいや、へぇーでもかわいいね、君」
「あなたも堕ちそうじゃないの」
「あ、ありがとうございます、お兄さんも、その聞いていたよりも素敵な方で……その……」
「おぉぉ、あなたも堕ちそうなのかよ」
「じゃ、まあとりあえず、場所変えない? ほら、周りの目も何だ何だって言ってるしさ、邪魔が入らない静かな場所で、ね」
「は、はい。いいよ、ね……?」
「ええぇ……まあ……」
いや堕ちるわこれ。喫茶店に居合わせた誰もがそう思った。
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