謝罪ロボット
「あ、あ、あ、あのですねぇえ! しゃ、社長様はおられますかぁ!」
とあるビルの一室。入室と同時に発されたその声は窓を割れんばかりに震わせたが、声の主もまたガタガタブルブル。また、名指しされ、社員一同の視線が集まった社長も震えあがった。
社長はいそいそと立ち上がり、出入り口付近に立つその者に向かう。
何の用で来たかはわかっている。先ほど取引先から電話があったのだ。今回のミスついて、直接謝罪にお伺いする……と。
「あ、あのね、ま、まず、そんな大きな声出さないで貰えるかな? このビルはさ、他の企業さんも入っているんだよ。迷惑になっちゃうからさ、うちなんて、ははは、小さい会社だからさ、睨まれちゃうと肩身が狭いというか、いやぁ参っちゃうんだよね」
と、社長は場を和ませる意味で自虐を交えつつ、彼にそう注意した。
「あ、あ、あ、たたたたぁ! たたたた! たたたた! たー! たー! いへん申し訳ございません! 重ね重ね! ご不快な思いをさせてしまい! ああぁぁぁ!」
「おぉぉ、結婚式のリズムで……いや、だからね、声を落として。いい? 落ち着いて落ち着いて、そうそうリラックスして」
「おおおぉ、おおおおおぉぉぉ! おやぁぁ! おやぁ!」
「うんうん、お優しいお言葉をありがとうございますって言いたいのかな。そんなことはいいからボリュームをね、下げてほしいんだけどね」
「おおお、親なき子が母を訪ねて三千里。ここ出会ったが百年目、あなたを母のように父のように愛するとここに誓います!」
「口上を述べちゃうんだね」
「このたびはぁ! 私どもの手違いによりぃ! 皆様へ大変なご迷惑をおかけしたことぉ! 本当に申し訳ございません!」
「はい、はい、もう、はい。はぁー、いや、君に言ったってしょうがないけどさぁ、こんな不良品を送りつけてきてどういうつもりなんだろうね。本当に悪いと――」
「あああああぁぁぁぁぁ!」
「しまった。やっちまったよ」
「たああぁぁぁいへええええぇぇん! もうしわけぇぇぇございませんでしたぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「もうわかった。わかったから帰ってくれ。もう、これが狙いなんじゃないかと思えてきたよ」
「ああああああぁぁぁぁぁ! うああああぁぁぁぁぁ!」
「どこか刺された?」
「うぅぅぅぅぅたぁぁぁぁいへぇぇぇんもうしわけぇぇぇ! ああああぁぁぁぁぁぁ!」
社長は叫び続ける彼の背中を押してドアを閉めると、断末魔のような叫びが遠ざかっていくのを聞いた。どうやら階段を下りて帰っていくようで、オフィスにいた全員が胸をなでおろした。そして、口々に不満を述べ始めた。
「あんな態度で来られたらどうしようもないわ」
「向こうさんはどういうつもりであんなのを送りつけてきたんだ」
「あの謝罪ロボット、もう限界なんじゃないですか?」
「買い替える余裕もないってか」
「元々、中古でしょ。ほら、中には相手先で罵倒されたり、殴られたりすることもあるみたいですし、回路がおかしくなってるんですよ、きっと」
「まあ、形式的なものだから、あんなのでもいいと思っているんだろう」
人間ができない、したくないことをロボットにやらせる。これがロボットが生まれた理由、存在価値の一つである。
科学技術が進歩した現代において、謝罪ロボットが作られるのは必然的だった。
「ねえ社長。うちも謝罪対応ロボットを置いたらいいんじゃないですか?」
「あ、それいいー!」
「ねえ、社長のお手を煩わせなくて済むし」
「え、いや、そのためだけに買うのはちょっと……そうしょっちゅうあることでもないし」
「でも、会社が大きくなると、ああいったやりとりも増えるかもしれませんよ?」
「レンタルならいいじゃないですか。さっきのあのロボットもレンタルかもしれませんし」
「いやぁ、君らが応対してくれると助かるんだけどなぁ……」
「はははは、我々にはそういう機能はついてないので」
「シャチョウ、お電話がハイリマシタ」
「ああ、ありがとう」
「その電話対応ロボットも相当、年季が入ってますねぇ。そうだ! 買い換えたらいかがですか? エマックド社のものに。そうしましょうよ社長!」
「いやぁ、あそこより、ピーピーエムイー社の方がいいだろう」
「ううん、それよりもランザムタム社の方が品質が」
と、これも機能の一部なのだろう、自分のメーカーをPRし始めたロボット社員たちを前に、社長は静かに席に座り、ふぅと息をついた。
そして、幼き頃にした人形遊びを思い出した。
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