焼き討ちじゃ

 あぁぁいやぁ、時は金なり、いやこのお話はむかしむかしのこと。ついつい先走ってしまいましたが、舞台はとあるお城の中。その城主様の目の前には大判小判ざっくざく。その輝きで自分の顔までピカピカにして、にんまり笑っております。

 そうそう金、金、金。金があるところに問題あり、問題あるところに金があり。金がないのもまた問題。きっかけはやはり金。慌ただしく廊下を走る音に何事かと城主様が首を傾げたそのとき、襖をバーンと開け、青い顔して飛び込んできたのは彼の家来。

 城主様は怪訝な顔して「おい、何事か」と訊ねました。


「ひ、ひ、ひ、ひと、ひと……」


 と、震えながら指を一本立てられても、何を言いたいのかわかりません。

 一つ? この小判を一枚くれということか? やらんやらんと、頭の中が金ばかりの城主様はそう言い、ため息で言葉を締めます。


「ち、ちが、ちが」


 血が? 血など流しておらぬが……と城主様は目を凝らします。


「ち、違います、違いませんが違います、血は流れております! 火と人が! 大勢でここ! ここを!」


 と、立てた指で畳を突く家来。やっとの思いで言葉を吐き出したものの、あまり城主様の耳に届いておらず、しかしそれもそのはずです。城主様は外の喧騒に耳を引っ張られておいでなのですから。

 立ち上がり、覗いた格子窓。突き出したその鼻を煙が撫でて城主は慌てて顔を引っ込めます。


「なにがどうしてどうなってどうなってどうどうどうどう」


「どうどうどう落ち着いてくださいませませませ」


「おおお、お前こそそそ! 敵か? 敵なのか? よそから攻め入って来たのか? しかし、いきなり」


「わかりません! そうかもしれませんが違うかもしれません! 領民がこの城をぐるりと囲んでいるようなのです!」


「なぜだなぜなぜだなぜなのだ。あってはならないぞこんなことは。小さいが、ワシが大殿様から任された大事な城なのだぞ、それをなぜだ」


「ふんふんふん、彼らの言葉から察するに我らにいくつか不満があるようです」


「お前、よく聞き取れるな。ワシには獣の鳴き声にしか聞こえん。連中は口を開けば文句ばかり。泣き言が鳴き声に。ひんひんヒヒーン」


「耳を傾けないからこうなったのですよ。ああ、恐ろしい恐ろしい。我々、今年は特に不道徳な行いが多かったからですねぇ。我慢の限界が来たのでしょうな」


「なんのことだ。まったく身に覚えがないが、少なくともワシのせいではない。側近に任せてあるからな」


「その側近が私めでございますがね。いつまで経っても顔を名前を憶えて下さらない、とほほでございます」


「首を挿げ替え挿げ替えで覚えておられんのだ。それで連中は何をあんなに怒っているのだ」


「ええ、ええ、年貢の取り立ての厳しさへの不満は当然として置いておいて、まずは家来の不道徳。女を手籠めにし」


「ふん、どうせ後から同意はなかったとのたまっているのだろう。よくあることだ」


「さすが、ご経験おありで」


「次だ次!」


「はい、盗みに酒に酔い馬を乗り回し怪我をさせてに、賄賂を受け取って、また贈りになって、あ、それは城主様でしたね」


「記憶にない」


「私も同席してましたがね。懇意にしている業者に城の改装を何回も。不要はもとより、いらぬところまで豪華絢爛。費用はもちろん領民から集めたお金」


「領民の金はワシの金同然なのだ。ワシはこんな地方の城の主で終わりたくないのだ。もっと上へ上へ、年貢を取り立て金を贈り賄賂を貰い」


「しかし、それに加え市民の税金でキャバクラ通いに、不要な海外視察に使途不明金に市長室にシャワー室を、高級家具、豪華な内装に職員が税金滞納者に暴言など他にも、あ、あ、あ、あ、あ、きた、火が、人が、あ、あ、あ、あ、あ」


 あぁぁいやぁ、いつの間にやら時は現代。いいや、金なり。市役所を取り囲む怒れる市民。逃げ遅れた市長及び職員。不祥事続きに誰か扇動したか、火をつけた。

 焼き討ちじゃ、焼き討ちじゃ。改装したばかり、されど城は燃えるが定め。権力の椅子は腐るのもまた定め。歴史は繰り返すのもまた定め。ただ、切腹だけはご勘弁を……。

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