人を呪わば

 私が小学生の時、一時的ではあるものの、奇妙な遊びが流行りました。


 呪いごっこ。


 言うなれば藁人形。折り紙の裏面に呪いたい人の名前を書き、それを人型に折り、尖った物で突いてみるのです。

 勿論、ただのお遊び。雨の日が続いていたので、みんな暇していたのです。それにイライラも……。

『うわー!』とか『いたーい!』と、胸や手足を押え、わざとらしく痛がって見せ、笑い合っていました。


 そんな中、一人、席に座って指をいじっている子がいました。

 ムツミです。彼女はいつも一人で何かブツブツ言っていて気味の悪い子でした。思えばこの遊びはムツミに向けるために生まれたのかもしれません。

 友達の一人がムツミの目の前に紙人形を持って行き、こう囁きました。

『これ、アンタの名前が書かれているよ』

 そして腕の部分を鉛筆で刺しました。


『痛い!』


 とても大きな声で一瞬、教室内が静まり返りました。

 でも、すぐに笑いが巻き起こりました。余りの迫真の演技に、みんな面白がったのです。

 もう一人の友達が次に足を刺すと、ムツミはそれも大きな声で痛がりました。

 さらに心臓の部分を刺すと……ムツミは白目を剥き、倒れました。

 沸騰した鍋のように食いしばった歯の隙間から、泡が吹きこぼれていたのは未だに忘れられません。


 ムツミは保健室に運ばれ、そのまま家に帰りました。

 当然、私たちは叱られ、この遊びは禁止になりました。

 ……ただ、謎が一つ残ります。

 折り紙にはムツミの名前を書いていなかったのです。

 先生に見つかった場合、苛めだと責められる事を考え、念のため書かなかったのです。

 なので実際にはムツミを呪ってなんかいなかったのです。

 そもそも呪いなんてものは実在しません。

 では、なぜムツミは泡を吹いて倒れたか。

 ムツミは思い込みが強い子だったのです。そうとても。


 あれから月日がたったある日、私は二人の友人の死を知らされました。

 いずれも目撃者がいました。

 一人目は自転車に乗っているところを急に腕を痛がるように押さえ、転んだところを車が。

 二人目は階段を上っている時に急に足を押さえて、そしてそのまま下まで転げ落ち、首の骨を折ったそうです。


 ……ムツミの仕業に違いありません。

 思い込みで呪われたのなら、思い込みで呪うことができても不思議ではないでしょう?


 次はきっと私の番。

 あの時、心臓を刺したのは友人じゃありません。

 私なのです。


 私は家に引きこもり、どうしても外に出なければならない時は、必ず周囲を警戒するようになりました。

 ムツミは必ず近くにいるはずです。だってそうでしょう? ムツミはあの二人を殺すタイミングを陰から窺っていたに違いありません。

 ええ、そうでしょうとも。

 やっぱりいました。電柱の陰に。

 ムツミです。

 あの時よりかなり太り、オカッパ頭。教室にいたあの頃と変わらないムカつくニヤついた顔。そして手に持っているのは折り紙の人型と針でしょうか。


「ムツミ!」


 私は大声で言いました。

 ムツミは一瞬目を丸くしたものの、私を見ながらグフッと笑い、電柱の陰から出てきました。


「終わりよ、あんたぁ……」


 ムツミはそう言うと自分の顔の前に折り紙の人型と針を掲げました。

 恐らく、狙いは心臓。


「ムツミ!」


 私はもう一度、ムツミの名前を呼びました。

 その視線が折り紙の人型から私のほうを向いた時、私はポケットから手を出しました。

 その手の中には折り紙の人型。

 今度はしっかりとムツミの名前を書いています。

 ムツミの目が丸く、見開かれました。

 そして、私は思いっきり人型の首をもぎ取りました。


 その瞬間、ムツミの首は捻じ切れ、竹とんぼのように回転しながら浮上したのです!


 ――やった! 私が勝った! ざあまみろ! ムツミごときが! ふざけんな! あっ


 ムツミへのあらゆる罵詈雑言が沼の泡のように私の心の中で湧き出てくる中、崩れ落ちるように膝をついたムツミの体。

 そして飛び上がった首が地面に落ちるその瞬間、私はムツミの手がギュッと握られるのを目にしました。

 その拳からは折り紙の人型の手足がピュッと飛び出していました。



 それ以来、私は寝たきり生活が続いています。

 でも、構わないのです。

 呪い呪われ、呪いの存在の確信を得た今、こうして暇つぶしができるのですから。

 人を呪わば穴二つ。

 でも、私はまだ土の中から唇を突き出し、かろうじて呼吸している。

 どれだけ呪っても私が入る穴が一つなら、たくさん呪ったほうが得じゃないですか。


 実名でSNSをやっている人、結構いるんですね。


 心臓を一刺し。

 ほら、会ったこともない人がまた死んだ。

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