クローゼットの中の怪物

 ぼくの部屋には古びた大きなクローゼットがある。

 黒一色なんだけど、どこかくすんでいて、端にはネズミが齧ったような痕がある。前にこの家に住んでいた人が夜逃げしたのか何なのか、置き去りにされた家具の一つだ。

 ぼくのパパとママはラッキー! ……って処分することなく、そのまま使うことを決めた。

 部屋を貰えたのはいいけど、このクローゼットは捨ててほしかった。

 ぼくの服を入れるには不釣り合いなくらい大きい。ママはおもちゃ箱も入れたらいいじゃないっていうけど、ぼくは絶対に嫌だ。

 きっと齧ったネズミもタダじゃすまなかったに決まっている。

 だって……クローゼットの中には怪物がいるんだもん。


 真夜中、電気を消して少し時間が経つとミシッと音が聞こえる。

 パパは家鳴りだって言うけど違う。

 中にいるんだ。そしてそれは、ぼくが開ける瞬間を今か今かと待ちわびている。


 ――カリッ、カリ


 クローゼットの内側から引っかくような音。

『ラーグマン』だ。

 彼は幼い子供を攫い、ロープで木に吊るす。

 吊るすって言っても足や手じゃない。首だ。

 そして、もがき苦しむ子供をしゃがんで見上げるんだ。息をしなくなるその時まで。

 そして樹液を吸うカブトムシみたいに垂れた尿を啜るんだ。


「……うぅ」


 寒くなったぼくはベッドの中に潜り込む。

 ここは聖域。バリア。誰も入ってはこれない。

 そうして眠りに落ちるのを待つんだ……。


 ――グルルルルル


 『バルジアの獣』

 彼は巨大な狼人間だ。狼人間による殺人が続き、お互いを疑い、村の大人たちはついに殺しあった。

 でもその正体は赤ちゃんだったんだ。

 彼だけが残された。たった一人。そして他の町で拾われて……。


 ――コオオオオオオ


 『首なしの花嫁』

 結婚式を終え、後ろに缶を付けて走り出したオープンカー。

 カンカラコロと響くその音は人生の最高潮を告げる鐘。

 二人はイチャつき始めた。ふざけ合い、男の人の上に跨って笑った。

 そのせいで前に止まっているトラックに気づかなかった。

 車は衝突し、その衝撃でトラックの荷台に積んであったガラス板がスライドするように落ちた。

 花嫁の首めがけて。

 吹き上げる血の中、まだ込み上げる喜びを抑えきれないように、呼吸の音がその断面からしていた。


 ――ドン、ドン!


 『移り気な肉屋』

 彼は夜な夜な街をぶらつき、恋をするように女性を目で追ってはハンマーで――


 ――パキ、ポキ、コキ


 『関節男』

 彼は頭さえ通れればどんな狭い場所でも関節を外して


 ――ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛


 『ワンルームの女霊』


 ――アーウーアー


 『添い寝する墓無し』


 ――きぃぃきぃぃ


 『掻き毟るホテルマン』


 ――カチャカチャクチャ


 『心身歪んだマナー講師』


 ――バウウウゥ


 『廃品置き場の二面犬』


 ――グウウフフフフフ


 『バス乗り場の人さらい』


 ――カカカカカ


 『放課後の災い魔』



 ……ぼくはベッドから出てクローゼットの前に立った。

 そして扉を開けた……。



「「「「「た、たひゅけて」」」」」


 中にいたのは思った通り、ギチギチに詰め込まれた怪物たち。

 ぼくはそっと扉を閉め、そして頭の中に新たな怪物を思い描いた。


 『閉所好きなアメーバ』

 とにかく穴という穴に入り込むやつなんだ。粘ついていて決して取れない。しかもすっごく臭くて不快な気分になるの。


 ……と、クローゼットの中から悲鳴が聞こえた気がした。

 ぼくはベッドに戻り、目を閉じた。

 もう怖くなかった。

 怪物も。意地悪なクラスメイトが聞かせてくる怖い話も。


 だってクローゼットの中は怪物でいっぱいだもの。

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