デスゲームを
この日の朝、ホームルーム前。都内の高校に通う一人の少年が同校内にて、血塗れの状態でフラフラ歩いているところを保護された。
『保護』ではあるが拘束と言い換えてもいいかもしれない。
当記者の知人である警察関係者から聞き出した情報によれば体の傷の手当を受け、放心状態から少し平静を取り戻したようだが多くは語らないようだ。
今、少年は何を思っているのか、真相の究明が求められている。
「おはよー!」
朝の教室。賑やか、騒がしい、活気付いている。言い方は何でもいいけど、いつもの光景だ。
そして……いつも通り、いや、いつにも増して彼女は綺麗だ。一度も染めたことがないであろう黒髪が朝日に照らされ輝いている。天使の輪、満開の薔薇、羽化したての蝶……。
言い方は何でもいい。
何にせよ、残念ながら触れることなんて夢のまた夢。その夢でも彼女が出てきた瞬間、興奮したせいか目を覚まし、悶えに悶えた。僕はこうしてただ見つめることしかできない運命にある。
運命なんてカッコつけすぎか。立ち位置。モブキャラ。
それでも残りの高校生活あと二年、どうにか告白……といかないまでも、せめて同窓会で気軽に話しかけられるような関係にはなりたい。まぁ、クラスの二……三軍の僕にはおはようと声をかけるのさえ、難易度が高いのだけれど。
ああ、ほら。彼女に話しかけるのはいつも、ああいった運動部の連中だ。そして僕に話しかけるのは
「おいっすー持ってきた?」
ゲーム仲間だ。いわゆるオタク。でも蔑みはしない。同じ穴の狢だってことはわかってるのさ。
「ああ、持ってき、お、お!?」
――えっ
ゲーム機を取り出そうと鞄の中に手を入れたその瞬間、体がグラついた。
これ、眩暈? 低血圧?
「きゃ!」
「うおっ!」
いや、地震か! 大きい!
女子の悲鳴が教室内に響き、耳が痛んだ。
「お、おい。あれ……なんだ?」
でも、揺れは一瞬だったみたいだ。
あれって? あれは……。
落ち着きを取り戻したみんなが教壇の上を見つめる。そこには小さなマスコット人形のようなものがあった。等身大の犬の頭に小さな手足をくっつけたような見た目だ。
「トゥトゥトゥ! やぁ! 僕はトゥインキー! 今からみんなにはたっのしいデスゲームに参加してもらうよ!」
目を閉じていたそれは注目が集まるとカッと目を見開き、そう言った。
いや、デスゲームってあの? 漫画とかにあるやつ? でもいったい誰の――
「誰の悪戯だよ。悪趣味だな!」
そう、揺れに気をとられている間に誰かがそこに置いたんだ。
……できるのか? 地震を予期して? いや、ずっと前からチャンスを窺っていたなら不可能じゃないけど、いや、そんなの何のために……。
「お、おい、なんだよこれ! ドアに触れないぞ!」
「窓もよ!」
「はいはーい! 生き残るのは一人だけ! 最後の一人になるまでは教室からはでーらーれーないよー!」
トゥインキーは僕らの反応を楽しむようにそう告げた。
普通じゃない、人智の及ばない何かの仕業だ。
次第に騒ぎ声が大きくなっていく。不安が伝播するように。女子の何人か泣き崩れた。きっと絶望的な未来を想像したのだろう。
僕はそっと椅子に腰を下ろし、足を組んだ。カッコつけたわけじゃない。怖い。足が震えて限界だった。
「誰の冗談だよ! やめろよ!」
「冗談じゃないよー? その証拠に……ボン!」
トゥインキーが男子の一人を指差した。
その瞬間、僕はバスケのジャンプボールを思い出した。
小学校の頃、体育の時間に任されたのだけど、運動神経が悪い僕は上手く真上に投げられなくて両チームから顰蹙を買ったんだ。
その男子の頭は綺麗に真上に飛んだ。そして誰の手にも触れられずに落下した。
悲鳴はもはや絶叫に近いものだった。体にビリビリ響き、僕は思わず耳を塞いだ。
でも視線は彼女とトゥインキーを行ったり来たりしていた。
死ぬなら綺麗なものを目に焼き付けておきたい。
でもやっぱり死にたくない。どうにか……誰か……。
「はーい最初のゲームはー? これ! だるまさ――」
はっきりと、脳内でまた鮮明に再生できるくらい、その光景が目に焼きついた。
バッドを構えた運動部の奴。そのフルスイングはさすが、目標を正確に捉え、トゥインキーは窓に、床に、教壇へと跳ね飛び、そして床に転がった。
僕は不覚にも美しいなんて思ってしまった。
「……やった! やってやったぜ! はははははっ」
静まり返る教室。
今に逆らった彼の頭が弾け飛ぶだろう。みんな、そう考えているんだ。
見たくはないのに見ずにはいられない。そういうものだ。
みんなが見つめたまま、しばしの間。
そう、しばしの間……何も起きないな。
「トゥ、トゥインキー……さん?」
まず近づいたのは意中の彼女だった。クラス委員でもある彼女は率先して動いたのだ。
トゥインキーにそっと触れ、体を揺する。しかし反応はないようだ。
「死んだのかソイツ?」
「そもそも生きてたのか?」
「わからない。でも動かないわ」
「どうでもいいよ一旦外に出ようぜ」
「おい、まだドア開かないぞ」
「窓も駄目!」
「おい、これってまさか……」
その少年が繰り返しぼやくように口にしていた言葉は『デスゲームを始めてくれ』だそうだ。
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