アイドルに
幼い頃からアイドルに憧れていた。
見た目は悪くないと子供ながらに自覚していた上に、理解ある両親のおかげで私はアイドル養成スクールに通わせてもらい順調にその道を進んでいた。
けれど、その邪魔となる石ころ、いや靴に張り付いたガムがミツ子だ。
冴えない見た目の地味な女の子。両親が友人同士ということで交流があり幼稚園からの腐れ縁。私の周りにまとわりつき、自分もアイドルになりたいなどと言い出す厚顔無恥。
両親の手前、突き放すこともできず、仕方なく一緒にアイドルごっこをしてやるのだけど、スクールに通う前の私と比べても見た目も動きのキレもミツ子は鈍い。まぁ、それはそれで引き立て役として使えたのだけれど。それもいつまでは続かない。歳月を重ねるにつれミツ子は醜く、太り始めた。
幸いなことにその頃にはアイドルごっこは卒業した上に、お互い違う友人グループに属したから(ミツ子は一人だったけど)
疎遠になった。
でも時折、視界の端のほうに映るのは正直、目障りだった。
苛められていたという話を聞いた様な気がするけど、その時には私は本格的にアイドルを目指していたからミツ子の存在などコバエ程度にしか思っていなかった。
そして念願を叶え、アイドルになった今、こうしてミツ子の死の知らせを聞いたとき、蘇った記憶、ミツ子の姿に舌打ちするも使えると思った。
昔、共にアイドルを目指した友人の死。これ以上にない、世間からの同情を集めるエピソードだろう。
そう考えた私はミツ子の実家を訪ねた。私の心の内を知らないミツ子の母親は快く私を家に上げ、ミツ子の思い出話を語る。
と、ここでまさかの試練。気分よさそうに話すミツ子の母親の後ろにある棺桶。その大きさからミツ子の体型が想像つく。
笑ってはいけない。せっかく来たのに怒らせて追い出されたら無駄骨になってしまう。まあ、骨になるのはミツ子なんだろうけど。
と、笑いを我慢してつつ、つまらない話に相槌を打った。
ひとしきり話を聞いた後で私はミツ子の部屋を見たいと申し出て、そして案内された。
ようやく、本命。何か使えそうな物はないかな。二人が写った写真などがあれば尚良し。
つまらない簡素な部屋、でも来て正解。写真は写真立てに飾られていた。
幼い頃の二人が並んでいる。ミツ子もまだ見れた姿だね。後でミツ子の母親にこれをゆずってくれるように頼もう。まさか嫌とは言わないはずだ。さらに他に何か……いいじゃん。
机の引き出しの中に日記。なにかいいエピソードがあるかもしれない。
日記には自作のカスみたいなポエムとつまらない日常、そして……狙い通り。
私のことについて書いてある。私がアイドルとして成長、活躍していく様子。
へー、ライブに来ていたことは知らなかったな。小さな会場だから大きな体格はさぞ目立っただろうに。
ふふふ。いや、あのサイズ一回じゃ焼き切れないんじゃない?
「ははははは! ……んん!」
いけないいけない。ま、あの母親はミツ子がいる部屋にいるみたいだから聞こえてないでしょうけど。しかし……ちょくちょくあるこのダメ出しみたいのには腹が立つ。振り付けとかあーあ、プロデューサー目線の痛いファンね。ポエムに自作の歌詞にさてさて最後に書かれた日記のページの先は。見逃しがないか念入りに確認っと。
……よし、ビンゴだ。白紙が続いた後、一ページだけ書かれている。これは……私宛だ。
【アイドルとしてどんどん可愛く、そして立派になっていくあなたを見て、いつも嬉しく思っていました。
私もその力になれているのだから自分が生きていることに意味があるんだと思えて】
はぁ? 力になれている? グッズでも大量に買っていたとか?
【でも、もう終わりです。生きているのはつらすぎる。私が死んだ後あなたがどうなるか心配だけど、でも仕方ないですよね。
話そうとなんども試みたのだけれど、あなたが私を無視するから。
あ! 怒ってはないから安心してね。
ブログにいくら食べても太らないとか全く怪我をしないとか書いていたね。
実はアレ私のおかげなんです。
あなたの不利益は全て私に来るように、あるおまじないをしていたのです。
でもそれは私の死後どうなるかわかりません。
一気にあなたの元に返るのか、それとも私が受けた分は私がそのまま墓まで持っていくのか
何にせよ、これからはあまり食べ過ぎたり無茶したりしちゃ駄目だよ。
あなたの親友、ミツ子より】
ただの妄想だ。妄言。嘘。下らない。有り得ない。嘘に決まっている。夢。夢だ。
棺桶のある部屋であの母親がミツ子の名前を叫んでいるのも夢。
生き返ったなんて嘘。
今、この部屋に向かってくる軽やかな足音も幻聴。
全部嘘。
私の指が太く。重くなっていく体も全部夢。
小学校の頃のようにドアの影から覗くミツ子も嘘。
その姿がほっそりして可愛く、アイドルみたいなのも全部全部……。
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