追送

 郵便受けからヒラリと落ちた写真付きハガキ。それをテーブルの上に乗せ、冷蔵庫から缶ビールを取り出す。着替える気力は湧かない。まずはビールだ。

 テレビを点けて適当なチャンネルに合わせ、横目でハガキを見下ろす。

 差出人の名はなかった。でも見覚えがある風景だった。日本には間違いないのだけれど思い出せない。旅行かあるいは雑誌か何かで見たのか三十近くにもなれば昔の記憶もふにゃふにゃになる。それが少し悲しい。

 何をー! 負けるものか! と飲み干した缶をグッと力を込めて握る。白い細腕に筋が立ち、中途半端に缶が潰れた。

 ついでにハガキも丸めてゴミ箱へ投げる。

 目当ての男性アイドルグループがテレビに映ったから結果は見なかったが、カサッと中の紙クズの仲間入りした音が聞こえた。


 ……似たような日々が続くと人生とは、なんて考えてしまう。悪い風邪みたいなものだ。疲れている。日々の楽しさ、あるいは刺激が必要だ。……これがそうなるとは思えないけど。

 昨日に引き続き、届いたハガキ。風景にはやはり見覚えはない。

 昨日捨てたハガキをゴミ箱から取り出し、シワを伸ばして並べてみる。関連性はない……かな?



 そう思っていた。

 六枚目のハガキが届いた今、私はようやくその関連性と異常性に気づいた。

 これは私がかつて住んでいた町の風景だ。懐かしさよりも不気味さが込み上げてくるのは、最新のハガキに写っているのが自分の住んでいた家だからだ。

 誰が撮ったのか……両親? 家の具合を見るに最近ではないと思う。庭の木。あれは私が大学に行くのを機に引っ越すその何年か前に虫が湧くからと父が切ったはずだ。

 ストーカーが撮り溜めていたものを今になって送りつけている? 当時の私に目をつけた変質者が? 成長した私を狙って?

 ハガキを指でなぞるとゾワリとした感触が指先から背中まで走った。



 翌日、相も変わらず出勤した自分は図太いのだろうか。でも対策は立てておいた。


「頼むからそれこっちに向けないでくれよ」


 ケンゴが笑って私の手にある催涙スプレーを指差す。

 恋人と催涙スプレー。二段構えで警戒しつつ、アパートの階段を上がり、帰宅。


 ドアを閉めたところでほっと一息。

 一応、ドアに小さな紙を挟んでおいた。でも、そのままだった。つまり侵入者なし。問題の郵便受けの中身は……。


「それが例のハガキ?」


「……うん、あ!」


 ケンゴがパッと私の手から取り、ハガキを眺める。


「可愛い寝顔じゃん。でもかなり痩せてるね」


「寝顔?」


 ケンゴがくるりとハガキを回転させ、私に印刷された写真を見せた。


 足元がぐらつき、壁に背をぶつけた。写っていたのは昔の家のベッドで眠る私だ。

 有り得ない。家の中にまで侵入していたのか。

 吐き気がしたので洗面所に駆け込み、蛇口を捻ると、勢いよく出た水が顔に跳ねた。


 ――カタン


 音がした。玄関のほうからだ。

 水を出しっぱなしにしたまま洗面所から出る。開けたままの郵便受けから落ちたであろうハガキが脱いだばかりの靴の上に乗っていた。


「うっし!」


 ケンゴがドアを開け、外に飛び出す。犯人を捕まえようと思ったのだろう。

 私はハガキに近づき、裏返す。写っていたのは私の机だ。


 ――カタン


 またハガキが落ちた。引き出しにフォーカスを合わせている。駄目だ駄目だ駄目だ。


 ――カタン


 鍵のついた引き出しは秘密を守ることなく開け放たれていた。

 中身は財布、日記、プリクラ写真、箱。


 ――ガチャ


「おかしいな、後姿も見えなかったよ」


 戻ってきたケンゴが首を傾げながら言う。


 ――カタン


 恐らく最後の一枚。

 それはケンゴと私の間に落ちた。

 開けられた箱の写真。

 私の秘密。

 見ないで見ないで見ないで。


 ――ギギギガガッギ


 郵便受けから音がした。

 ハガキではないことは見なくてもわかる。ペタンと座ったままの私はまだ写真から目が離せないでいる。

 視界の端に見えるケンゴの靴が向きを変えた。郵便受けを見ているのだろう。

 音はなおも続く。

 もがき、狭い場所を通ろうとする音。

 体を捻りながら産道を通る赤ちゃんの姿が頭に思い浮かび、離れようとしなかった。

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