お持ち帰り
私は電車が好きだ。いや、正確には仕事帰りに座れた時の電車が好きだ。
今日は残業で少し遅くなったのでピーク時よりは乗客は少ない。
とは言え、座席は全て埋まっている。心地良い揺れ。暖かい座席。吊り革を掴み、揺られている乗客に若干の優越感。この瞬間が……お? ほぉぁ……。
私の肩に隣に座る人の頭がもたれかかった。
隣は確か……なんて思い返す必要も目で確認する必要もない。
この花のような良い香りが雄弁に語ってくれる。女性だ。
ちらりと横目で見る。
若そうだ。酔っ払いか?
周りの乗客の視線を感じる。
ふふん。羨ましいかお前ら? ……と思ったものの、もう少しで私が降りる駅だ。流石にこの喜びを堪能するために乗り過ごすのはないな。起こすのも忍びないので向こう側の人の肩に頭を押しやるか。
……いや、待てよ。
『お持ち帰り』できたりなんて……。
いやいやいや流石にそれは……っと電車が揺れ、さらに女性の体が私に寄りかかる。
香る匂い。柔らかな肉感。
これは……良いってことだな。うん。神託だ。
電車が駅に到着し、ドアが開いた。
さあさあさあ、どいたどいた。
私は女性の腕を肩に回し、目の前に立つ男を押しのけるようにして電車を降りた。
しかし重いな。もう少し自力で歩いて欲しいものだが。
ひとまずベンチに座らせてと。さて、水でも買ってやろうか。自販機は……。
「キャアアアアアアアアアア!」
突如上がった悲鳴。中年の女だ。いったい何にそんなに声を上げ……。
……私を見ている。
違う。
私の足元だ。
座らせた女性がバランスを崩し、私の足元で倒れていた。
「ち、違うんですよ。彼女飲みすぎたみたいで、はははは」
注目のその中心。誰にというわけでもなくその場で弁解する私。
まったく、はた迷惑な。早く立たせ……。
掴んだ彼女の手首。冷たくゴムのような感触。その気色の悪さに私はつい、手を離した。
ゴトリと横たわる彼女の目が私を見上げる。その顔に生気などはなかった。
人殺し!
誰かがそう叫んだ。
私は無関係だと手を上げ、後ずさりしたがいくつもの手が私の腕を掴み、逃がさない、許さないと言わんばかりに抑え込んだ。
背を、足を、頭を、首を……喉を……。
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