やさしいくに

 賑やかな音楽で目を覚ました。

 俺は確か……ああ、そうだ。会社にいたはず。

 泊り込みで働く中、連日の徹夜に限界が来て、机に突っ伏すように眠りについたんだ。

 ではこれは夢か? それにしては年相応の関節の痛みなどをリアルに感じる……。

 それにしても何だこの場所は?

 マシュマロのような柔らかな地面。ここは広場のようだが、向こうに見えるのは遊園地か?

 観覧車、楽しげな声、浮遊する風船。薄いピンクを基調としたなんとも愉快な世界。


「ようこそ! ここはプリッシュランドだよ!」


「うおっ! これ、いや、君は……」


 現れたのは二歳児ほどの大きさの子豚のぬいぐるみ。

 他にもワラワラと俺のほうへ集まってきた。犬、牛、虎……ユニコーンといった様々な動物のぬいぐるみが、まるで生き物のように自然と動いている。

 いや、彼らは生きているのだ。俺の手を引く優しい温もり。変化する表情。

 と言っても普通の笑顔とすごく笑顔の二種類しかないような穏やかな性格と口調。

 生き物だという確かな説得力がある。

 この国を案内してくれるらしい。明らかに異物の俺にも友好的だ。

 もしかして、ここで過ごす内に俺も彼らみたいに……なったとしても別にいいか。少々、少女趣味であるが俺の元いた世界に比べれば天国に違いない。

 ん……天国? 俺、死んだ……?

 ま、いいか……こいつは持ってこれたみたいだしな。


「はは、みんな待ってくれ。行く前に一先ず……」


 俺はポケットから取り出したタバコを咥え、火をつけた。

 興味深そうに見つめる彼ら。

 この国にタバコはないのだろう。

 ま、当然か。煙を吐くついでに、わっかを作って見せた。


「すごーい!」


 はしゃぐぬいぐるみたち。


「どーなっつだ!」


 飛び跳ねパクリと煙を食べるウサギ。なんとも純粋な奴らだ。ほほえましい光景と煙に目を細めつつ俺はもう一口吸った。


「うげっあ、え、あ」


 その時だった。突然ウサギが苦しみ出した。

 目から血を流し、悶える。


「どうしたの!?」

「だいじょうぶ!?」

「ねえ!」

「どうなってるの!?」

「なにかいってよ!」

「くるしいの!?」


 駆け寄る動物たち。ウサギは何も答えず、いや答えられず耳、鼻からも血を流しながら地面に頭を擦り付け一回、二回と転がりながら回る。まるで頭をもがれた昆虫のようだ。


「うぎぎぎ……ぱきゅ!」


 そして……ウサギの頭は風船が割れるように弾けた。

 飛び散った肉片がウサギを囲んでいた動物たちにかかり、静寂を生んだ。血は真っ白な地面を赤く彩り、イチゴジャムを塗ったみたいだった。

 次いで生まれた悲鳴、いや絶叫。住民たちが虫のように四方に散る。

 俺が吸った煙はただ口から漏れ出て空気に溶けていった。


 ……どうやら彼らの暮らすこの優しい世界ではタバコは毒物のようだ。

 俺はタバコを放り捨て、彼らに敵意はないと呼びかけるが、俺自身もまた毒物であると遠巻きに見つめる彼らの目が言っている。


 初めて人類が火を扱った瞬間。

 そのような、おそらくこの国にとって歴史的瞬間。

 俺はその目撃者、いや当事者となった。



「「「アイツを殺せ!」」」

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