マリーさんです
『私、マリー。今あなたの部屋の向かいのマンションにいるの』
マリー? メリーさんをもじったものだろう。妙なオリジナリティを出しやがって馬鹿が。知らない番号だが、恐らくあいつの悪戯だろう。
電話を切ってグラスに入っている酒を一息に飲み干す。無視だ無視。
――ピリリリリリリッ
……また電話が鳴った。今はリラックスしたいときなんだ。
が、無視しても止むことなく電話は鳴り続ける。仕方ないので手に取った。
『……私、マリー。今あなたの部屋の向かいのマンションにいるの』
カーテンを人差し指で捲り、外を見る。
確かにこのマンションの向かい側には同じくらいの大きさのマンションが建っているが……。
「おい馬鹿。確か電話の度に少しずつ距離を詰めてくるやつだろそれ」
高校時代からの悪友。機械で声を変えているのか、恋人かなにかにやらせているのかは知らないが杜撰な奴だ。
電話を切り、テーブルの上に置き、体を伸ばしながら冷蔵庫に向かう。
――ピリリリリリリッ
と、また電話が鳴った。イラッときたが電話に出る。
『私、マリー。今あなたの部屋の向かいのマンションに――』
無言で切り、着信拒否リストに加える。これでもう煩わされることはない。次に会った時に肩を殴ってやろう。
――ピリリリリリリッ
……また電話が鳴った。おかしい、さっきと同じ番号だ。
『私、マリー。今あなたの部屋の向かいのマンションにいるの』
先ほどと同じ言い回し、しかし録音した音声をただ流しているわけではないことは微妙なイントネーションの違いからわかる。
再び電話を切る。
――ピリリリッ
すると、すかさず鳴る電話。嘘だろ。まさか……本当に。いや、非現実的だ。
――ピリリリリッ
しかし、出ないでいると電話は鳴り止むどころか、どんどん着信音が
――ピリリリリリリリリリリリリッ
大きくなっていく。こんなの機能的に有り得ない。超常現象の類であることは、もはや疑いようがない。
……出なければならない。
『私、マリー。今あなたの部屋の向かいのマンションにいるの』
やはり……高まる恐怖心の中、芽生えた疑問が成長していく。なぜだ、なぜ……。
俺は耐えきれず、電話を持ったままベランダに飛び出した。
向かいのマンション……。カーテンのついていない一室。そこに、そこに何かいる……。
「……おい。楽しようとするな。何度かけてもこっちから出向くつもりはないからな」
『……せめてテレビ電話に』
「しない」
あらゆる物が配達で済むこの便利な時代。仕事も調べ物も家に居ながらできる。
人のことをとやかく言えないかもしれない。
俺は出っ張った自分の腹をパシッと叩いた。
あの部屋のその窓の向こうには、電話を持った巨女がセイウチのように座っていた。
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