朝の声

「よう」


 ぼくは朝目覚めると、水を飲むためにまずキッチンに行く。


「なぁ」


 大事なのは冷蔵庫で冷やした水を飲まないこと。ぼくはおなかがちょっと弱いからだ。だから浄水器の水をコップで飲む。


「おい」


 顔を洗うのはその後。洗面所に向かいながら、瞼をゴシゴシ。こびりついた睡魔のやつを落とす。


「無視するなよ」


 ゴシゴシゴシゴシ……そう、ぼくはまだ寝ぼけているのだ。だから、さっきから頭の中でするこの声はきっと気のせい。


「違うぞ」


 違うらしい。じゃあきっとこれは夢だ。明晰夢ってやつだラッキー!


「これは現実だよ。だが惜しいな。俺だよ俺。さっき会っただろう?」


 ……さっき会った?

 そういえば、確かに声に聞き覚えがある。

 でも、さっきっていつだ……? 夜、寝る前に誰かに会ったっけ?


「寝てる最中さ」


 それは……つまり、夢の中で?


「正解だ。ついて来ちまってなぁ。まぁ仲良くやろうや」


 ぼくはさっきみた夢を思い出そうとした。

 すでに断片的で、それも手に取ると砂のように崩れていく。

 それでも一つ摘み上げるとつられてポツポツと記憶が掘り起こされていく……。


 男だ。


 確か黒い服を着ていて。


 髪をかき上げていて。


 それで。


 人殺しで……。



 鏡に映るぼくの顔が一瞬揺らいだ気がした。

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