聖火
おっと。
店主が怪訝な顔をしていることに気づき、刑事の男は手を止めた。
目の前の皿には、ほじくられ見るも無残な姿となった鮭の切り身。
箸の先っぽについた脂が店内の蛍光灯の光で煌めく。
失敗失敗。つい仕事のことを考えていた。
刑事はごまかすようにコップの水を飲む。
美味い、美味いよ。水もこの定食も。だからそんな顔で俺を見ないでくれ。
昔ながらの定食屋。昼時を過ぎたせいか、もとからなのか客は他に二人ほど。テレビの音だけが活き活きとしている。
刑事は、しょぼくれた刑事の俺には似つかわしいじゃないか。と、思い、しかしすぐに『自分でしょぼくれたなんて言っちゃ駄目だな』と自嘲気味な笑みを浮かべ頭を掻く。
これでも若い連中からは『眼光が鋭くてかっこいいですね』なんて言われるんだ。……いや、かっこいいとは言われてなかったかな?
……ああ、それにしてもちょっと焦げてるなこの鮭。
あの家……そう、あの家みたいだなぁ。新人の頃は焼死体なんてもの見たあとは焼き物は食えないでいたのに俺も年取ったもんだな……。色々と慣れたり染み付いたり……これもだな。
刑事はテレビを見上げ、はぁと息を吐いた。
自分が担当している事件のニュースがないかをつい気にしてしまうなぁ。
まだか、それとももう流れたあとか。まぁ、たまにある話だから長々と取り上げるほど大きな事件ではないと言えばそうではあるが。それにまあ今の時期だしな。ニュースは他にある。それも、めでたいのがな。
一軒家全焼、一家全員死亡。悲惨な事件だが……死んだのは迷惑一家だ。度々近所トラブルを起こし、警察を呼ばれることもあった。逆に言いがかりで警察を呼びつけることもあった。
落書き、車に傷をつける、ゴミを投げ込む、石を投げる、罵声を浴びせる、騒音それらの迷惑行為を母、父、年のいった息子、家族全員が四方に浴びせる。端的に言えば頭がおかしいんだ。
――連中はな。腹から声を出すのをモットーにしているんだ。それが夜であってもな。
近隣住民の話だと度々、庭で焚き火や花火、バーベキューをして騒ぐなどあったらしいから自火によるものと考えられているが……。
――こちらが監視カメラをつけたら文句をつけに来たんですよ。盗撮だ! 卑劣だ! って。
なんだろうなぁ。この鮭の小骨みたいな妙な引っかかり。長年の刑事の勘……なんて言ったら同僚に笑われちまうだろうなぁ。俺はそんなに勘が鋭いほうじゃないからな……。
――ウチの窓ガラスを割ったときはゴール! って叫んでたわ。あの人たちにとってはスポーツみたいなものだったのよ。私らにどれだけ迷惑をかけられるかのね。
ん、もう来月かぁ……。素晴らしいだのなんだのコメンテーターたちが囃し立ててらぁ……。
…………まさかな。
刑事はそう思ったが、その瞳に映る煌々と燃える火。笑顔で聖火のトーチを持つ人々の顔に近隣住民の顔が重なり、脳裏に焼き付いて離れなかった。
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