首狩り男についての考察
地下道から出ると雨に迎えられた。水滴が落ちてきていたからそんな予感がしていたが、ため息をつかずにはいられない。
店がいくつか並んでいる。そのうちの一つの店先の陳列台の上で商品が雨を浴びているが、店主は雨に気づいていないのか頬杖をついてボーっとしていた。
イヤホンの線が見えたのでラジオか何かを聴いているのだろう。わざわざ教えてやる必要もない。やる気がないのは見てわかる。
小走りで先にあるネオン看板がついた建物を目指す。泥がズボンの裾に跳ねた気配。構わず進む。近づくと看板の電球がいくつか切れているのがわかった。
思ったとおり酒場だ。戸を開けると笑い声と酒臭い空気を体に浴び、それで外の陰気な空気をブラシで埃を払うように落とした気分になった。
一歩進むと木の床が大きく軋んだが、その音が掻き消されるほど店の中は賑わっていた。
テーブル席はすべて埋まっているようだったが、幸いカウンター席が一つ空いていた。
席に座り、適当に注文。すぐに瓶とグラスを差し出された。
喉を鳴らし、一気に飲み干す。体の疲れを奥底へ沈め、フワっと舞い上がるかのような幸福感が脳をさする。
「なぁ知っているか?」
と、話しかけられたのかと思い、チラリと後ろを振り返ったがどうも違うらしい。視線を空のグラスに戻し、酒を注ぐが耳は向こうに集中したままだった。
「今度の被害者はサーニャって女だ。
その女はな……おっとこの酒場にサーニャの知り合いはいねーか?
いねーな。いたら怒られちまう、不謹慎だってな、へへ。
で、その女だが森に囲まれた道路があるだろ? 他の街へ続くやつな。
そこの道路をちょいと外れた先、森の中の切り株の上にあったんだと。
何が? へへへ、首だよ生首。
そう、首狩り男の仕業だ。スパっとな、いったんだと。
凶器? 斧だとも鎌だとも言われるな。とにかく鋭利な刃物でスパッー! とな!」
男がそこで酒を飲んだのかプハーッと漏れる息が聞こえた。私もそれにつられて酒を喉に流し込むと、ふうと自然に息が漏れた。体が熱くなり、ようやく体の震えが治まった。
「で、な。その女、その首狩り男に、ん? なぜ男か?
女の細腕なんかじゃスパッと首を切れるかよ。
男でも簡単じゃない、練習がいるくらいだ。
まあ、そもそも一回じゃ切れないだろうがな。
最低二回だろう。前から後ろから。へへへっ、女を攻める時はそうさ。
正面とバックで、と……なんだっけな。口を挟むからだぞ、ったく」
あの男はどうやら酒場で知り合ったばかりの連中(恐らくこの辺の奴じゃない)にこの辺りで起きている事件の話を聞かせているらしい。多分、それで酒を奢らせたりしているんだろう。
「ああ、それで、はははっ。この話の肝心なところだ……。
いいか? 首を切り落とされた女たちの表情がな……。
不思議なことにな、ベールを上げられ
新郎を見つめる花嫁のように幸せそうな顔をしているんだとよ!
な? 不思議だろう?
殺されたってのに世界で一番幸せだって顔をしてるんだからな!
ん? いや、首狩り男が殺した後からそう細工をしたって、そりゃ無理だろう。
ちょいと口角を上げたぐらいで死人を笑顔にできるのなら
葬儀屋もこれまで棺桶の中に入れた連中にそうしてやっただろ、サービスですっつってな。
そいつらが土の中で腐るまで崩れねぇように顔の中に釘でも打ってよ!」
男はそう言うとガハハハハと笑い出した。そして店員に追加の酒を要求。気づけば私の酒瓶も空であった。なのでこちらも同じように酒を注文した。
「でな、警察が言うには、その女の首どもには一切の細工はなかったんだと。
自然なまんま。つまりだな、犯人は相当の色男ってわけだ俺みたいにな。
あん? なんだよその顔は。笑いどころじゃねーぞ?
だから嘘じゃねえって。だってそうだろう?
恋焦がれる乙女のような顔をしていたんだ。
目を閉じ美形の男からキスを待つうちに首を切られたんだろうさ!
もしくはサプライズがあると後ろを向かせ、女が期待
なんならその男との輝かしい未来までをも想像しているところを後ろから、な。
お、きたきた。あーうめぇな酒は。え、犯人? へへ、一人だ。
一人心当たりがあるんだよなぁこれが。そんな色男は俺を除いてたった一人。
で、俺はサーニャなんて殺してないからきっとソイツだな犯人は。
あん? 面白がってねえよ。そりゃぁいい気はしねぇさ。サーニャで五人目だぞ五人!
まぁ女しか殺さねぇみてぇだから俺は心配なんかしてねぇ……馬鹿言うな!
ビビッちゃいねぇさ。うちの口うるさい女房もぶっ殺してくれたらぁなんて
無理な話だな。若くもねぇしケツなんてカバみてぇなもんさ」
ここまでで一番の大笑いをする男。喉を鳴らして酒を飲む。この喧騒の中でも私の耳に届くほど大きい。いや、私の耳が捉えているのか。
私も同じく喉を鳴らし、酒を飲む。
「で……だ。首を落とされた哀れなサーニャ。その胴体はどうなった?
ブシャアアアアアア! と噴き出す鮮血!
その勢いで体をがくがく揺らしながら五歩も歩いた!
……なんてことあるわけないわな! はははっ!
実際は膝から崩れ落ちてトポトポと零したワイン瓶みてーに血が流れ出たのさ。
びくん、びくんとエロっぽく体を揺らしてな。その血は地面に染みこみながら
石や草なんかで三股にも四股にも分かれて競争するように駆けていったのさ。
落ちた首は二度跳ねた後、ごろごろ転がり顔に土をつけ、髪には落ち葉が絡みついた。
でも顔は笑顔のまま。不思議なもんだよな。
切られてすぐは顔をぶつけた痛みとかありそうなのによ。
あの世じゃなく、男との妄想の世界に行ったままなのかもな。
それもまあ幸せなのかもな。で、胴体は森の中のどっかに埋まってるだろうよ。
首狩り男にとって重要なのは顔。自分が演出した、幸せに満ちた女の顔さ」
男の話を聞き、崩れ落ちる女の体の姿が目に浮かぶ。
そう、一度では首を切り落とせない。二度だ。まずは喉を裂き、命を断つ。次に首の骨だ。流れた血は大きな水溜まりに到達し、その海を赤く染める。女の顔には泥が付き、それを拭ってやるとより微笑んだように見えた。
「さあさあさあ! 首狩り男の正体。知りたくねぇか?
知りてぇなら、ほい、金。……いや、ちょっとしたお布施みたいなもんだよ。
そう多くは求めねぇよ俺は? ……よしよし。まぁこんなもんだろう。
犯人はな……この町の教会の神父さ!
あいつに間違いねぇな。何せ俺に次ぐいい男で……。
そう、さっき言った一人ってやつがそいつな。根拠? かー鈍い鈍い。
教会っつたら結婚式だろ? で、さっきの花嫁のベールの例え話しただろ?
神父だろーよ。新郎に向けるあの顔を横目で見た神父はその顔が欲しくなったんだよ。
小さな町だ。被害者たちとも面識はあっただろうしなぁ。警戒もされないだろうな。
どーよ、俺の推理は? へへへ、しかもな、最近その神父ときたら
姿を見せやがらないんだよ。こいつぁ、あ、おい! どこへ行く! もう一杯奢れや!」
男がいるテーブルの椅子が動く音。
呆れて帰ったのだろう。酔っ払いの戯言。誰も耳を貸さない。だからこそ好き勝手喋れるのかもしれない。まあ、いい肴にはなったかな。
酒をグイッと飲み干す。……と、グラスをテーブルに置くと同時にポンと肩に手を置かれた。
「にいちゃん、お、聞いてたよな?」
ニヤつきながら物欲しそうに指を動かす男。
バレていた。私は諦めてズボンのポケットに手を突っ込み、取り出したコインを三枚、手渡した。
「へへ、どうもね。それはそうと……中々良い男だねぇ。まぁ俺ほどじゃないがね。へへ」
「どうも。確かに……貴方は良い男ですね」
本心だった。あのガサツな話し方からは想像つかなかったが意外にも男は整った顔立ちをしている。その目は妖しく光り、誘惑に長けているように見えた。
「まさかサーニャを殺したのはアンタじゃないよねぇ、へへ」
「……殺してませんよ。貴方はどうです?
サーニャ、もしくは……他の三人を殺したのは」
「サーニャは俺じゃないってば。やっぱり神父だなぁ。
……残りの二人も多分そうさ。やめられないんだろうな。わかるよ」
男と私は目を見合わせ、男はニヤリと笑った。
私も微笑むと男はグラスを私の前に置いた。
そして瓶の酒を私の空いたグラスと自分のグラスに注ぎ、手に持ったグラスを私の前に掲げた。
私もグラスを手に取り、お互いのグラスをカチンと合わせて二人、一気に飲み干した。
出会いに乾杯。目を閉じて六人目の女の顔を想像する。
雨粒が頬を伝う。嬉し涙のように。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます