お菓子の国

【幼いころ、私は寝るのが好きでした。

いつでもどこでも、眠くなるのがうれしかった。

別に、友達がいないわけでは……まぁ少なかったことは否定しませんけど(笑)

それとは関係ありません。単純に好きだったんです。

何故だか毎回見る、その夢が。『お菓子の国』と言えば多くを語らなくても

子供にとって最高の夢であることは伝わるでしょう?

夢の中なのに味がする上に、いくら食べても太らない。

と、言うとむしろ大人の女性の方が最高の夢かもしれませんね(笑)

思い返す度に唾液が出てくることがその証。

おなかの肉を摘まみキュッと唇を噛む悲しさ……。

雲のようにフワフワな綿菓子、色とりどりの巨大なドーナツ。

水飴が滝のように流れ、地面さえもチョコレート。視界に入る全てがお菓子。

キャラメル、クッキー、ケーキ、アイス。探さずともそこらじゅうに。それからそう】


「ままー」


「ん、ふふふっ、どうしたのー?」


 と、彼女は手を止め、駆け寄ってきた娘を抱きかかえた。

 今は絵本作りの最中。これが中々に楽しい。昔見た夢の景色をそのまま絵にしてストーリーをちょいと添える。

 主人公は彼女の娘。そこそこに売れていて、雑誌に載せる記事も並行して書いていたのだった。


「ここいったことあるぅー」


「ここー? ふふっ、ママの夢の中だよー?」


「あるぅー」


 そう言い、絵本を指差す娘。まだ三歳。起きていても空想を話す年頃。

 彼女はふふっ、と笑い顔を寄せる。

 

 それが本当なら、私の能力が受け継がれたのかもしれない。あの国をそのまま継いだのか、それとも全く新しい国なのか……。


 と、自分はいつからか見なくなった分、彼女は嬉しくも羨ましくも寂しくも思った。

 尤も、絵に影響されてお菓子の夢を見ただけのことだろうと締めくくったが。



 その晩。彼女はまどろむ意識の中、懐かしい感覚に捉われた。

 ここが夢の中だとわかるあの感覚。

 それも懐かしいあの夢。目を開けなくても感じる、あの国だ。

 昼間の娘との会話。それに影響されたのか再び王国の扉が開いたのだ!

 彼女はそう、喜びに体を震わせた。頭の中で呪文のように唱える。キャンディーチョコクッキーキャラメルアイスケーキパイ――


 目を開けた瞬間。肌が粟立ち全身の毛が逆立つようであった。

 目の前に広がるのはカビに覆われた世界。嫌悪感を煽る巨大なキノコ。絶え間なくねじ込まれる悪臭に鼻を抓むどころか目を細めなければならなかった。足の裏から伝わる感覚、地面の下、まるで皮下の寄生虫のように蠢いているのを感じる。

 一歩、歩けば足に何かが粘つき、涎のように糸を引いた。

 所々に積み上げられていたお菓子の山は一塊になり、火山のようにもりあがり、噴出孔から臭気のある煙をゲップのような音と共に発している。水飴の泉は耳垢のように黄ばんでいて地面の至る所が風船のように膨らみ、膿の塊が透けて見えた。痰汁の滝から流れ落ちる液体が彼女の足へ伸びる。



「わた、私の……」


 時間経過。彼女が最後に訪れた時から三十年近く経っているだろうか。お菓子の国は腐りきっていた。

 しかし、そのすべてが意志を持ち、女王の帰還を歓喜しているようであった。


 顔を伏せた彼女。見たくなかっただけではない。

 込み上げた胃液に無意識にその姿勢になり、そして抗えず嘔吐した。吐瀉物は違和感なくそのまま景色の一部になった。


 彼女は口を拭い、目を閉じる。

 目覚めろ目覚めろ目覚めろ……。そうすれば大抵の夢は目が覚めた。

 が、しかしいくら念じても鼻を落とすような悪臭が、耳を萎ませるような歓待のマーチが、まだここが夢の中だと彼女に思い知らせる。

 これは特別な夢だからかもしれない。

 そう考えた彼女は幼きころの記憶を辿る。


 目覚めかた……どうやって……あ……いつも……満腹になれば勝手に……

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