私は嘘つき◆

 私の母は私よりも神様が好きな人でした。

 お祈りの邪魔をすればひどく叩かれます。ご飯は気が向いたときにしか出して貰えません。それもひどく簡素なものです。

 だからお地蔵さんにお供えしてあるお菓子とかを頂いたりしていました。

 雨で泥が跳ねたのでしょうか、外袋が汚れていたのを今でも鮮明に覚えています。


 母が信仰していたのは大宇宙に存在するという神様でした。

 私がそれについて訊ねると母は捲し立てるように語ります。

 すると多少機嫌が良くなり、ご飯がもらえる確率が高くなるので、私はおなかが空く度に母に神様についてのお話をねだるようになりました。


 そしてある日、私は母に神様の声が聞こえたと言いました。

 もちろん嘘です。そう言えば母に大事にされると考えたからです。

 母は「子供の頃の私と一緒!」と感激し私を抱きしめました。

 私の記憶では初めての事でした。あまりの衝撃、脳が焼かれるような感覚でした(実際その日の晩に熱を出しました)

 私は嬉しくなり、それからも母の欲しがりそうな言葉を必死に考え、そしてそれを大宇宙の神様からのお言葉だと嘘をつき、母に度々話しました。

 母は私の話を聞きながら目に涙を浮かべていました。

 自然と食事はまともに出されるようになり、生活は『普通』になっていったのです。


 そんな生活に安心と幸せを見出していたある時、母は知らないおじさんとおばさんを家に招きました。夫婦のようです。

 母は「何色が見える?」と私に訊きました。

 何色とは? と私は思ったのですが、母は張り付いたような笑顔を浮かべるだけで何も説明してくれません。なので、私は黄緑色と水色と答えました。もちろん適当です。

 すると母はうんうん頷き「やはり色が弱まっているのね」と言いました。

 わけがわかりませんでした。

 そして、母は「この二人に神様からのお言葉を伝えて頂戴」と私に言いました。

 私は困りました。ですが何か言わないと母に嘘だとバレてしまう氣がしたのです。そうなれば元の生活に逆戻り。私はそれが恐ろしかったのです。

 私は「一生懸命に生きて」と言いました。どうしてそう言ったかというと『一生懸命』はいいことだと学校で習ったからです。

 私の言葉を聞いた二人はボロボロと涙を流し、母は二人の背中をさすりました。

 その異様な空気感に私は自分の身体が萎んでいく感覚がし、早く帰って欲しいな、と思いましたが二人とも、しばらく泣き止みませんでした。

 やっとその二人が帰るとき、私はホッと一安心したのですが、母が二人に小さい封筒を渡し、その引き換えにお金を受け取っているのを目にまた妙な気持ちになりました。私はその封筒の中身を知っています(こっそり覗いたことがあるのです)

 石です。その辺に落ちている、ただの石です。私がとっさに考えた言葉で泣いたり、石にお金を払ったりする珍しい人がいるんだなぁと思いました。


 でも珍しい事ではなくなりました。度々、我が家にはあの二人のような人が訪れるのでした。

 その度に私は母に神様からの言葉を伝えるように要求され、私はごくごく普通でありきたりなことを言いました。(自分の氣もちに耳を傾けてとか、貴方は良くがんばっていますねなど)

 母が売るのはその辺で拾った石から、母が考えたオリジナルのロゴの入ったクリスタル(ピュアクリスタル)の数珠に進化し、生活も豪勢になっていきました。


 母との会話も増えました。神様について、宇宙のパワーについてでしたが、それでも嬉しかったです。尤も母が欲しいのは私自身の言葉ではなく神様の言葉でしたが。

 母に反抗することはありませんでした。相変わらず友達はいませんでしたし私には母しかいなかったのです。


 それでもある時一度だけ母に楯突いたことがあります。

「神様より私を大切にして!」と。

 母は私を抱きしめ……ませんでした。

 ただただ無表情で理解が追いついていない、何を言っているんだといった様子でした。私の母は世間一般の『母』ではないとそのとき氣づきました。

 脳が、体が冷えていく感覚がしました。そしてもう、何も期待しないと膝を抱えてそう思いました。


 そんな母は私が二十代半ばを過ぎたとき、天に昇りました。私はついに求めていた自由を手にいれたと思ったのです。


 ……その時は。



 今、私は壇上に上がり右手を上げた。

 すると右側から歓声。

 次は左手。

 同じように左側から歓声が巻き起こった。


 母が死んだ年。大宇宙から彼らは地球に降り立った。それが神ではなく宇宙人であることは誰の目にも明らかだった。そして、その目的が友好ではなく侵略であることも。

 軍は早々に壊滅し人類の半分以上は死、もしくは拉致された。

 私は母に鍛えられたアドリブ力、人脈から徐々に昇格し、反乱軍の総司令にまで上り詰めた。


 神の声など聞こえない。必要ともしない。

 たとえ絶望の中の虚勢、嘘幻であっても私自身の言葉を待つ者たちに今、私は壇上から声を発するべく一呼吸した。

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