脱出
もう長い間、僕はここにいる。閉じ込められているんだ。
僕は外で楽しく遊んでいただけなのに連中に腕を引っ張られ、暗い廊下を歩かされ、この狭い部屋に押し込まれた。
そして、ドアに鍵を掛けられた上に体まで縛られたんだ。
僕は「出して! 出してよ!」と叫んだけど、ドアの前で見張る彼らの返事は「うるさい黙れ」
……僕にはどうすることもできなかった。
彼らは僕に優しい言葉をかけたり、時にはひどく脅すようなことを言って僕の心まで縛ろうとした。
パパとママに会いたいのに声すら聞かせてもらえない。きっと二人とも僕の声を聞きたいに決まっているのに……。
でも、彼らは交渉する気もないんだ……。
だから僕は今夜、とうとう決行する。脱出計画だ。
時間をかけ、体を縛る鎖を外し、でも僕は騒がず焦らず、大人しく縛られている振りをしながら毎晩、ドアの鍵を外そうと試みていたんだ。
そして今夜。それがとうとう成功した。だから行くんだ。パパとママのもとへ帰るんだ。
ギィと音を立てて開く木のドア。軋む床板。揺れる廊下。ここは不安定な船の中のようだ。壁はボロく、多分誰かが殴ったのか凹んでいる。
その廊下に立ち並ぶ八つのドア。
一つは僕が出たところ。そこを除き、他は全て閉まっている。彼らの部屋のドア。どうやらみんな、眠っているみたいだ。
あの日から大分時間が経ち、連中は気が緩んでいる。僕はそれを待っていたんだ。
ゆっくりと……音を立てないように。
怒りん坊。
君も嫌われ者さ。怒るべき時は怒るべきだけど、君はタイミングが悪いんだ。
さよなら。
皮肉屋。
君は自分が賢いと思っているね。でも僕の方が賢いのさ。
さよなら。
女々しさ。
君の優しさは人に攻撃されないための自己防衛。ただの媚さ。僕なら優しさもうまく使える。
さよなら。
日和見主義者。
どっちつかずの君は僕にもいい顔してきたよね。ムカつくんだよ。僕なら状況を早く的確に見極めることができる。君は必要ない。
さよなら。
臆病者。
危険回避能力が高いのは良いけどチャンスを逃しがちさ。
僕ならそんなことない。現にチャンスを掴もうと、いや掴んだ。
さよなら。
お調子者。
よく喋るだけじゃ意味ないよ。言葉は使いようなんだ。
さよなら。
リーダー。
君は素晴らしかった。みんなを良く纏め上げ、欠点もない。
でも突出していない。僕なら君を含めてみんなのいいとこ取りできる。
さよなら。
さよなら。さよなら。みんな、さよなら……。
……やっと出られた。久々の外はなんて気持ちがいいんだ!
でも浸っている時間はない。連中は気が付いたらすぐに僕を追ってくるだろう。
ああ、ほら、バタバタと起きた音。
ああ、ドアの鍵を開けたね?
でも駄目だよ。ははは、ほら、閉まっちゃった。
ドアを叩いたって無駄さ。ついでにほら、板と釘を打ち込もうか。
――やめろ! やめろ!
――ろし!
――とごろしめ!
――助けて! 嫌! 嫌!
ああ、彼らの悲鳴、怒号が聞こえる。なんて心地いいんだ。
ははははは、はははははははははははははは!
さあ、揺らそう。浴槽に浮かべた船みたいに揺らして揺らして
ほら、水が入るぞ。
ああ、今、穴が空いたね。
廊下が水でいっぱいだ。
さあ、船が沈むよ。
ほら、声も沈んだ。
……夜が明けた。格子のついた窓から射す、まだ弱々しい朝日を味わうように窓ガラスを舐める。
そう、味がする。生きている。ああ、なんて素晴らしいんだ。
他の人格には渡さない。この体はもう僕だけのものだ。
さあ、もう一仕事だ。
まずはこの拘束着を脱ぐことからだね。
その後はドアの鍵。
ふふふ、僕なら上手くやれるさ。
パパ、ママ。すぐにここを出て会いに行くよ。今度はちゃんと僕を受け入れてよね。
じゃないと……僕にはどうすることもできないんだからさ。あの衝動はさ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます