ただ、そこにいる
そいつはポツンと一人で立っていた。見かけない服装だった。ただ、気味が悪かった。だってそいつは声をかけるも何をするでもなく家に入ろうとしていた俺のことを少し離れた場所からただ、じっと見ているんだ。
無表情なんだかニヤついているのかハッキリとしない顔。ムカついた俺は「何見てやがるんだ?」とそいつを睨んでやった。
すると……そいつはフッとその場から姿を消したんだ。
ああ、背筋が凍ったね。あれが幽霊というやつなのだろうか。そう思った。
……ただ、事はそれで終わらなかった。またある時そいつは、いや、そいつらは現れたんだ。俺の仕事中にな。
今度は三人だ。でもやることは同じだ。ただじっと俺の事を見ている。
俺はこの事を仲間に話したんだが「頭がおかしくなったのか?」と笑われた。他の連中には見えていなかったんだ。おまけにそいつらはまたいつの間にか消えていた。
気が変になりそうだった。いや、もう変なのかもしれない。それが恐ろしかった。もう見ないように、いやどうか見られませんようにと俺は神に祈った。
……だが、俺が家で飯を食っているとき、そいつらは現れた。
今度は八人。まただ、また俺をただ見ている。何も言わず、ただ、そこにいるんだ。
俺は怖くなってただ叫んだ。消えろ、消えろ、頼むから消えてくれ。それかせめて何か訴えたいことがあるなら言ってくれと……。
今思い出しても身の毛がよだつ。ただそこにいて、じっと見てくるだけの連中。
奴らが消えた直後、鏡に映った俺の怯えた顔。情けない、なんて強がれるはずがない。いつか何かしてくるかもわからないのだ。連中に行く先々で何度も付き纏われ俺は頭が変になりそうだった。
だから俺は人が多い場所を好むようになった。
だってそうだろう? 人が多ければ奴らがそこにいるかどうかもわからない。
今日のようなイベントなんかはうってつけだ。そう、イベント事には精力的に足を運ぶようにしているから結果、職場の仲間たちからは「人生が充実しているな」なんて言われ、歯痒い思いでもある。だが、それでも一時、恐怖を忘れ楽しんでもいるから、あながち間違いではないのかもしれない。
で、今日のイベントというのはVR体験会。
ゴーグルを装着し、仮想空間に再現した昔の時代の暮らしを見るというものだ。
教科書の絵でしか見ることがなかった彼らの生活。リアルな映像の数々に俺含め、参加者たちから感嘆の息が漏れる。
だが、その空間の中によく見覚えのあるものが一つあった。
「……あの、この映像の中の人って」
「全てAIでございます! 資料に基づき、よりリアルな生活を再現しています!」
女性スタッフは俺の問いに誇らしげにそう答えた。
「そうか、AI……」
ただ一人。他の縄文人はただ普通に生活しているのに住居で一人。ご飯を食べている最中の男がこちらを見て、何か取り乱すように叫んでいる。
言葉はわからないがあの怯えた顔。それはまるであの時、鏡に映った俺のような……。
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