侵入者

 朝、ベッドの上で目覚めて間もなくして胸の辺りに違和感を覚えた。それとも違和感を覚えたから目覚めたのか……いや、今それはどちらでもいい。


 パジャマの下で何かが動いている。

 これは……蜂か? 外干ししていたこのパジャマににまぎれて気づかずに着て、あるいは他の選択もに紛れ部屋の中に……あり得る。だとしたらまずい、私は若いころ一度蜂に刺されている。次刺されれば命の危険が……。

 しかし、下手に動いて刺激するのはまずい。あいつらは驚くとすぐ刺すんだ。ゆっくりだ。ゆっくり、そう何食わぬ顔で、まあ、それが意味あるのか分からないが気づかぬふりをしてそれでパジャマを脱いで……。


 ……いや、待て。可能性として高いのはやはりゴキブリだろう。なら問題ない……勿論、良い気分はしないが。もし、そうならすぐにでも振り払いたいが……どちらだ? 目を閉じ、そうだ、感覚を研ぎ澄ませるんだ。


 足は……どちらも同じ数か。

 触角はどうだ? あるか? ……ないか、ああ、わからない。いや待て……。


 ……これは尾か?

 それに今のそれは……鋏か?

 ……サソリ? そんな馬鹿な。

 いや、羽のようなものを広げ出したぞ……。

 それにぬめぬめした……え、触手か?


 一体……一体、私の胸の上に何が乗っているんだ!

 本当にこのまま動かずにいるのが正解か? こうしている間にも胸の上にあるそれの重さが増していくような気が……。

 私が、私がそう想像したせいか? 私の想像に引っ張られるようにそいつは変化して……そんな馬鹿な。それに、だとしても無理だ。考えないようにすればするほどより具体的に、あぁ色まで、それに毛も……駄目だ。どうやっても脳から追い出せない。

 怖気が走るこの感触が私にそうすることを許さないのだ。もはや私の手を離れ、まるで買い物かごに商品を放り込むように

私の脳内で好きなように自分の姿を作り上げていく。

 これは、怪物……ああ、駄目だ駄目だ駄目だ。鋭いこれは肌を裂くためのもの! 喉だ。奴は喉を、どこを狙えばいいか分かっているのだ! 今に来るぞ! いいや、そんなことあるはずがない! あああ、だが重さはもう子猫、いや、成猫ほどにあるじゃないか! 嘘だ嘘だ……ああああ! 逃れるにはもう、直接振り払うしかない!


 私は意を決し、ベッドから飛び起きた。そしてパジャマを脱ぎ去り、目を瞑りながら精一杯振り回した。足もバタつかせた。もう、破れかぶれだった。


 ……少しの間を置いて、聞こえてくるのは自分の荒い息遣いだけだと気づいた私は目をゆっくり開けた。


 目の前を羽毛がふわりと落ちていく。

 恐らくは掛け布団から出た物だろう。それが恐怖の元だったのだ。気のせい。錯覚。夢うつつ。あれは現実と夢を混同し作り上げた想像物だったのだ。


 ははは……と乾いた笑いが出た。水分は冷や汗となり出て行ったのだろう。ああ内側から切られたように喉が痛む。水。水を飲もう。それからシャワーを浴びよう。


 ……なんだ、これは?

 胸の辺りに……ぬめぬめと。あの想像物の触手が撫でた辺りに……。


 ――カリカリ……ガリガリガリッ


 ベッドの下から音が聞こえた。

 そして、私はその一瞬で鮮明に想像してしまった。


 自分の殺され方を。

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