ちょうだい

 夜中、私はスーパーで売っているような食パン一袋を持って路上に立っている。


 ――ここは……


 知っているような、知らないような。

 電柱。外灯。塀。家。どこにでもあるような風景。

 と、地面から伝わる冷たさで今、自分が裸足であることに気づいた。

 なぜ、自分はこんなところに? と、どこか霞がかった頭で考えていると膝の裏辺りをツンツンと二回、突っつかれた。

 振り向くと、そこに少女が立っていた。

 少女は無言で片手を出し「ちょうだい、ちょうだい」というように手を動かした。


 ――これだろうか? 


 私は持っている食パンに目を向けた。賞味期限は切れていた。

 でも少女が催促したので袋から一枚取り出し、手渡した。

 よく見ると少女が手にした食パンには虫がついていた。が、気にならないようだ。少女はそれをぺろりと食べ終えると今度は私の腕を指差した。


「ちょうだい、ちょうだい」またそういうように手を動かす。

 よく見ると少女は片方の腕がなかった。



 そこで目が覚めた。

 汗で肌に張りついたパジャマを指でつまみ、空気を通す。

 ひどく気分が悪かった。

 悪夢。そう呼ぶには具体性に欠けるが、もう二度と見たくはないと思った。


 だが、始まりにすぎなかった。

 それ以降、少女は私が見る夢全てに現れた。

 車を運転する夢。

 ヨットを操縦する夢。

 学生時代に戻る夢。

 会社、仕事中の夢。

 どこへ行こうとも何をしようとも、気づけば後ろにいた。

 少女は決まって私の腕を指差し「ちょうだい、ちょうだい」と手を動かす。

 私はその度に、滑稽なほど狼狽え、そしてやり過ごす。

 夢が終わるまで。しかし、終わりはない。

 付き纏われて一年になる。



 ……今日この喫茶店に君を呼び出したのはそれが理由なんだ。ただ友人に悩みを聞いてもらいたかったわけじゃない。

 ……私の夢に出てきた君をどうやら気に入ったらしくてね。少女が君に話せと指図するんだ。

 今夜、あの子の相手をしてやってくれ。

 ん? 現れるさ。君は知ってしまったのだから。

 これで私は御役御免さ。


 この通り、くれてやった私の腕は気に入らなかったようだからね。

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