また鈴の音を聴かせて……
その女は夢を見ていた。死してしまった愛しいあの子やその子。それらと太陽の下、庭で追いかけっこしている。
叶わない願い。とも思えない。諦めきれない想い。
――チリンチリン
鈴。その音で目を覚ました女は今のが夢の中のことなのか、それとも現実に起きた事なのか、まだ靄がかかった脳で思案する。
――チリンチリ
再びの鈴の音。間違いない。庭のほうから聴こえた。控えめな。おずおずと夜空をノックするような音。
女はハラリハラリと涙をこぼし、それを手の平で拭う。
嗚呼、あの子が会いに来てくれたんだ……。
三日前に死んだ、お気に入りのあの子。他の子と同じように庭に鈴とともに埋葬したあの子。
私が大好きだったあの音色。私が選んだあの鈴。もう一度鳴らしてほしいと願っていた。
生き返って会いにきてくれたんだ……。
女の脳裏に思い出が蘇る。
が、女はそれに浸るのを今は止め、ベッドから出ると窓を開け、そっと顔を出した。
――チリンチリン
振り向いたそれが鈴を鳴らした。
月明かりに照らされたその白い体は、汗で所々煌めいており大きく膨らんだ腹は呼吸に合わせ動き、生々しく、そしておぞましくあった。
焼けたようにチリついた髪。鼻が大きく膨らみ、大きく広げた瞼、その眼は血走っている。
太った中年の男。顔を小刻みに震わせ、口に咥えた鈴が激しく鳴る。それはまるで動物の威嚇行動。後ずさりしたかと思えば一歩、また一歩と女に近づく。そしてその度に股の間にぶら下げたモノが右へ左へと自分の太ももに当たりペチペチと音を立てた。
鼻息は荒く、その生暖かさが空気を泳ぎ、女のところまで届きそうであった。
そして……男が女に向かって走り出した。
――チリンチリンチリチリンチリンチリンチリンチリチリン
女はすぐに顔を引っ込め、窓を閉め鍵をかけた。
瞬間、衝撃音が響き渡り、女は尻もちをついた。そして、振動が窓の中心から端まで伝わるのが目に見えた。
鈴の音が警報音のごとく激しく鳴る。男が窓をその体で叩く。
窓の向こうの目が言う。声に出さなくとも女にはそれが分かる。
『見つかった、見つかった見つかった見つかってしまった。だが逃げるより、お前の息の根を止めてやる』と。
――チリンチリンチリチリチリンチリンチリチリチリン
「ああ、どうして……」
女は顔を覆い、嘆いた。それも鈴の音に掻き消される。窓ガラスにヒビが入る。その音もまた飲み込まれていく。鈴の。狂気の音に。
――チリンチリンチリチリチリンチリンチリチリチリチリチリチリンチリチリチリン女は立ちチリチリチリンチリチリチリンチリンチリンチリンチリンチリチそして机にリチリンチリンチリチリチリンチリンチリンチリチリチリンチリンチリチリチリンチリンチリンチリチリチチリチリンチ引き出しリンチリチリチリンチリンチリンチリチリチリンチリンチリチリチリンチリンチリンチリチリチリンチリンチリチリチリンチリンチリンチリチリチリンチリンチリチリチリンチリンチリンチリチリチリンチリンチリチリテーザー銃チリンチリンチリンチリチリチンチリチリチリンチリンチリチリチリンチリン窓に近づきチリンチリチリチリンチリンチリチリチリンチリンチリンチリチリチリンチリンチリチチリチリチリンチリンチリンチリチリチリンチリンチリチリチリンチリンチリンチリチリチリンチリンチリチリチリンチリンチリンチリチリチリンチリンチリチリチリンチリンチリンチリチリチリンチリンチリチリチリンチリリリリリリリリリリリリリリリリ
けたたましい鈴の音が止んだ。女は雑草の上でヒクヒクと横たわる男を見下ろす。
――チリン……リン……
鈴の音は先程と打って変わって弱々しい。まるで死にかけの蠅だと女は思った。
「今回は上手くいったと思ったのに……で、どうやって檻から出たの二十三番。
手は縛ったままなのに。ん? ああ、電圧を上げ過ぎたかしら。
はぁ……まあいいわ。あなたの実験は明日に早めるとするから」
醜い肉塊は何も答えない。
ため息一つ。そして、女は目の保養にと空を見上げる。
鈴のように丸い月の下。墓標が並ぶ古城の研究所にて、被験者の体に着けた鈴が再び鳴る時を女は待ち続けている。
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