漂う糸

 公園の歩道を歩いていた。

 雨に濡れたアスファルトはまだ乾ききっていないのか外灯の光に反射し、わずかに光る。

 長い間、空に留まっていた雨雲が去り、久々に月が顔を覗かせる今夜、不思議と気分が高まるのは人間の中にある動物的本能だろうか。狼男のような。なんて、くだらないか。

 ただ雨続きの毎日が憂鬱にさせていただけだ。


 慎ましい虫の声。風は微弱。鼻をすすると香る匂い。土と草とアスファルトの雨印のブレンド。嫌いじゃない。

 袖をまくり、空気を肌で味わう。心地良い。半袖でも良かったかもしれない。

 いや、やっぱりちょうどいい。

 辺りを見回し人がいないことを確認。

 腕を振り上げ、目を閉じる。すると際立つ音たち。

 葉の先に溜まった雨水が落ちる音。虫たちの音色。

 月光のオーケストラ。詩人、指揮者。今夜の月は私をどうしたいのか……。


 ……と、なんだ、腕に何かついた。

 うえっ、この感触、蜘蛛の糸だろうか。気持ち悪い。

 その辺の木からだろうか。

 中々取れないんだよな。

 あああ、ストレスだ。

 ……まあ、雨が上がったので蜘蛛も張り切っているのだろう。小さな命だ。広い心で許してやろう。


 再び歩き始めた私はお釈迦様の気分。葉の上、木の枝に目をやり、さっきの糸の犯人の他にも悪戯好きがいないか捜してみる。


 ……と、またついたな。ああ、気持ち悪い。

 だが今度は先程と違い、周りに木などない。

 風に乗って来たのだろうか。

 まあ、蜘蛛の糸も待つばかりじゃないというわけだ。

 そう、まるで……また一本、腕に絡みついた。

 と、もう一本……また……。



 道を外れ、膝より少し下ほどの高さの茂みの中を進む。

 激しく脈打つ心臓が、よせと警告しているようだが、これも人の性なのだろうか。好奇心、それに虚栄心。正体を確かめ「なんだ、なんてことなかったじゃないか」と笑いたいという思い。

 だが、進むにつれ増していく不気味な雰囲気をさらに後押しするように月が雲に隠れた。


 眼前に聳え立つ木。

 妙な存在感に私は思わず足を止めた。

 他の木とは違う。

 理由はすぐにわかった。

 真相を求めた私への褒美か、月が雲から顔を出したのだ。


 何かが吊るされている。

 これは……。

 

 耳と鼻に絡みつくような臭い、軋む音。緩んだ膀胱。

 それから目を背けた私だったが、その先の地面にあった女の影は木の枝と相まって巨大な蜘蛛のようであった。

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