吐いた言葉を飲ませてください

 私は人に言ってしまった言葉を思い出し、後悔することがよくある。

 人を傷つけたであろう言葉。小学生の頃のものから今に至るまで。子供の頃は人を傷つけることで上に立ったような気分になっていた。愚か者だ。

 成長してからはそれはなくなったが、怒りや悲しみの衝動で吐いた言葉がある。何気なく、考えが足りずに言ってしまった言葉も。

 多くはたいしたものではないかもしれない。言われた当の本人へ確認したらきっと『そんな事あったっけ?』とか『気にしてないよ』と言うだろう。実際そう言われもした。

 だが時折、どうしても自責の念にとらわれ誰に聞かせるでもなく謝罪の言葉を念仏のように唱える。それらは空気より軽く、溶けて消え失せる。

 他人は前向きに生きろ、強く生きろと言い、自分を哀れむなと叱るように諭すが、そう思うようにいくものだろうか。



 夢を見た。

 男がドアの前に立っている。

 男はどうぞと私にドアを開けるように促す。

 ドアを開け、中に入ると広い空間になにやら白い塊がいくつもふわふわと浮かんでいる。

 私は男のほうを見てこれは何かと訊ねた。


「あなたが吐いた言葉たちですよ」


「……思ったより可愛らしい見た目ですね」


 私は塊を掴み、まじまじと見た。


「どうぞ、飲んでいいんですよ」


 聞けば飲んだ言葉は言わなかった事にできるらしい。

 願っても無い。口を大きく開け一齧りする。


 ……なんという味だ。口に入れた途端広がる不快感そして強烈な痛み。吐瀉物にガラスの破片を混ぜ固めた様だ。とても飲み込めない。それでも懸命に押し込む……も、結局吐き出してしまった。

 

 私は弱い人間だ。

 またも自責の念で体が強張り、膝を抱え込む。それでも吐き戻したら不快感は薄れ、少し気分は良くなった。それさえも浅ましく思えた。


「頑張れば全部飲み込めるかな」


 浮かんでいる白い塊たちを見上げ、男に訊ねた。


「全部飲み込んだらきっと死んでしまうでしょうね」


 一個であれだけ苦しいんだ。まあ、当然かもしれない。


「これらを体の中に入れたままなんてできませんよ」


 男が指で塊を突っつく。


 ……ああ、そうか。私が人に吐いた言葉の中には幾分か私の心を軽くするものもあったのか。

 怒りや衝動で吐いた言葉。吐き出さずに溜め込めば私の心を切り刻んでいたかもしれない。


 それでもどうしても飲み込みたい言葉はある。でも、できないと悟った。

 取り返しのつかないことは取り返せない。それでも繰り返さないことはできるかもしれない。


「そろそろ目覚めますよ」


 私はいくつか塊を抱え、男に持ち帰れるか聞いた。男は笑って無理だと言った。私も少し笑った。



 目が覚めた。喉が痛む。部屋が乾燥しているせいだろう。あー、と声を出してみる。うん、大丈夫そうだ。


 目を閉じ、頭の中であの塊を思い浮かべた。そのうち一つを口に咥え、噛むと苦味と痛みが口の中に広がった気がした。


 母に吐いた自身を産んだ事を否定する言葉。

 友人を拒絶するような言葉。

 無神経な言葉。

 ただ傷つけた言葉。

 今はそれら全てを肯定することはできない。


 でも何もないよりは連れがいるのも良いのかもしれない。

 これを結論と決めるのはまだ早い気がするけど、想像の中で白い塊たちに紐を結びつけ、風船のように手に持つ。


 自分の体がふわっと少し浮いたような気がして頬が緩んだ。

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