夢枕に
一夜目
瞼を開けた私の目に見知らぬ女が映った。私に馬乗りになって……これは、首を絞められているのか。不思議と苦痛はないから気づくのに遅れた。
とは言え気分が良いものじゃない。振り解……動けない。
金縛り、霊か? 女は痩せ細り、身なりはボロボロだ。
……何か言っている?
「殺して、殺して……」
おいおい「殺す」の間違いじゃないのか。
……と、目が覚めた。ただの夢。だが、首に手をやるとまだわずかに女の手の感触が残っていた。
二夜目
まただ。また女が馬乗りになり私の首を絞めている。しかしまたもなぜか私は腕を放り出し抵抗できずにいる。
でもかまわない。やはり苦しくはない。ただの夢だ。
……と、目を覚ます。横で寝ている妻が実は毎晩こっそりと私の首を絞めていたのが夢に影響を及ぼした……とかならわかるのだが、あいにく私は一人暮らしだ。
首を傾げるとポキッと音が鳴った。
三夜目
「殺して……殺して……」
女はそうぼやきながら、私の首を絞める。
生霊の類か? だが女に怨まれるような覚えはない。現実の私は女性に対して紳士的だ。しかしまあ、苦しくはないとはいえ、あまりいい気がしないものだ。どうしたものやら……。
……目が覚めた。
首に痕が残っているような気がして鏡を見る。
痕はなかった。
だが……少し痩せただろうか?
四夜目
「……ああ、わかった。殺してやる」
相も変わらず殺してとぼやく女に、私はそう言ってやった。少々うんざりしていた。この夢にも。この女にも。
……目を覚ました。
手を握りしめ、女のあの細い首を思い浮かべると頬が緩んだ。
五夜目
私は跪く女を見下ろしていた。
女の首に手をかけ力を入れ、絞める。
これが望みだったんだろう? 叶ってよかったな。そら、苦しいだろう。こうするんだ。さあ、もう少しだ。あともう少しで……。
と、違和感を覚え、手を離す。
……私は何かを忘れている。
目が覚めた。
手に女の首の感触が残っていた。
目を閉じてテーブルの下に落としたパズルのピースを探るように夢の内容を思い起こす。じっくり念入りに。
六夜目
「殺し……ああ! 殺して……お願い……」
女に馬乗りになり殴りつける。死なないように加減して。
女は小さな悲鳴を交えながら殺してとぼやく。
私の笑い声がそれを掻き消す。女も泣きながら時々ヒヒッと笑った。気でも違ったのかもしれなかったがどうでもいい。
女が動かなくなると腹を踏んだ。すると息を吹き返し、咳き込むのだ。
そうだ。ああ、そうだった。いつもこうしてたんだ。
目が覚めた。
そうだ。すべて思い出した。
いつからか毎晩、女が夢に現れるようになったのだ。
理由はわからない。始めはただただ、そこにいるだけだった。暗い女だ。話しかけてもボソボソとしか物を言わない。どうもその態度にイライラし、一度顔を引っぱたいてやった。どうせ夢なんだと。いい気分だった。二度三度と続け、楽しかった。そうとても。
それを皮切りにあらゆる暴力を試した。無抵抗。泣くばかり。が、それゆえに飽きた。
だから私は趣向を変え、女に私の首を絞めるように命令した。
言われるがまま女は私の上に馬乗りになって首を絞める。
この人はこれまでの行いを悔いているのだろうか、このまま気絶するまで……と女が思ったであろうあたりで腹を殴ってやった。
訳が分からないという女の顔が愉快でたまらなかった。
その後も続けた。女はいつ反撃されるか恐怖に震えながら首を絞める。私はそれを眺め、楽しんでいた。私はそのことを忘れていたのだ。夢の記憶は儚いというわけだ。
ああ、スッキリした。今夜誰か飲みに誘おう。
七夜目
女の首を絞めた。
女は目覚めなかった。
私は目覚めたままだった。
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