散歩
深夜、その男はリハビリを兼ねてウォーキングをしていた。数日前に退院しただけに動きがぎこちない。が、それも仕方ない。足の骨折だ。焦らず慣らしていこう。
そう考えていると前方に腰の曲がった恐らく老婆の背中が見えた。
手にリードを持っている。犬を散歩しているようだ。
歩く速さは男のほうが少し上だろうか。微妙なところだ。
しかし、このまま後にくっついていくのは少々、居心地が悪い。それに目障りだ。
そう考えた男は気合をいれるように鼻から息を出すとスピードを速めて追い抜こうと近づいた。
すると妙なことに気づいた。
老婆のリードにつながれているそれは犬ではない。大きさは小型犬くらいなのだが毛と足がなく触角のようなものがいくつも生えていて、這うように動いている。それが通った後はナメクジのように若干の湿りと煌めきがアスファルトの上に残っている。一瞬見ただけでは老婆が肉の塊を引きずっていると思ったことだろう。
趣味の悪いおもちゃか何かだろうか……?
男はそう思ったが、さらに近づいてみるとすぐに違うということがわかった。作り物とは違う、生きているものの独特の生々しさ、気味の悪さがあるのだ。
恐らくこの老婆は犬か何かと勘違いしてこの化け物を飼っているのだろう。飼い犬を亡くし、ショックのあまり認知症を患った老婆がそれと出会い日々に幸せを見出す。
……哀れだ。だが当人が満足しているのなら、わざわざ指摘する必要はない。構わず追い抜こう。あの老婆が手を噛まれ、いや、丸ごと食われたところで知ったことではない。
男がそう思った瞬間だった。
その生き物がぐにゃっと触角を一本、男のほうに向けてきた。
……目だ。触角の先に目がついている。
そしてそれは明らかにこちらを見ている。しまった。観察するうちに無意識に近づきすぎてしまったか。
男はとっさに笑みを浮かべた。敵ではないと知らせる意味での行動。
反応はあった。その生物の背中がグワッと開き、パキパキと音を立てて牙がせり出してきたのだ。威嚇行動か友好の証か。恐らく前者だろう。その口から漂う悪臭が鼻を突く。
男は踵を返し、足早に遠ざかった。
治ったばかりの足が軋む。
追い抜くよりは安全だろう。大丈夫だ、老婆はリードをしっかりと腕に巻きつけていた。勝手にこちらを追っては来ないだろう。
だが男は自分の考えが甘いと知った。
なぜ、怪物を散歩している者が人間だと思ったのか。
背後から迫る足音に、振り返る間はなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます