役立たずの案山子

 夜中、その男は帰宅途中に缶ビールの蓋を開けた。プシュッという小気味好い音。気分が高まり思わず鼻歌が出た。

 歩きながら一口飲み、息を吐く。ああ、うまい。さ、もう一口……というところで男の手がピタッ止まった。


 ――横に誰かいる。


 背筋がゾッとする感覚を振り払うかのように男はバッと気配を感じた方を向いた。

 手に持つ缶の中身が波立つ。それが心臓の鼓動と共に収まっていく。


「……なんだ、案山子か」

 

 男は恐れた自分を笑うかのようにそう呟いた。

 そこにあったのは自分と同じくらいの背丈の案山子。ジャンパーを着させられ、畑の中に立っていた。

 こんなもので効果はあるのかと男は鼻で笑ってみるが、一瞬とはいえ人間と勘違いしたからには少しは認めざるを得ないだろう。

 他にもいくつか等間隔に並んでいる。まるで品評会だ。男は薄暗い中、目を細め審査員気分で歩きながら眺める。


 センスない。

 地味。

 野暮ったい。

 手抜き。

 動いた。

 ブサイク。

 ……動いた?


 奥にある案山子がもぞもぞっと動くのを目にし、男の酔いが血の気と共にサッと引いた。


 ――まさか人が縛り付けられているのか?


 手足と舌を切り落とされ、縛り付けられた人間の姿が頭に浮かび、吐き気がこみ上げた。

 男は警察に通報しようとポケットの中の携帯電話に手を伸ばす……が

 そんなこと有り得るのか?

 まず確認してみないことには酔っ払いのイタズラ電話と一蹴されかねない。それに、素直に来てもらったとしても実は見間違いでしたでは渋い顔をされてしまうだろう。


 そう考えた男は柵を乗り越え、畑の中に入った。

 電池を使った仕掛けなのかもしれない。夜風に冷やされ、幾分か冷静さを取り戻していた。


 先程動いたと思った案山子の目の前に来たが、特に変わった様子はない。

 やはり見間違いだったのか?

 男は手で胴体部分を撫でた。


「ニャー」


 猫の声。案山子の中からだ。男はビクリと震えたがすぐに笑いが漏れた。

 誤って中に入ってしまったのだろう。

 男は案山子を下ろし、手でどうにか布を引き裂く。猫に絡みついた縄を解いてやると猫は勢いよく飛び出し、闇の中へ消えていった。

 男はまた呟く。今しがたした愚かな想像を放り捨てるかのように。


「ふぅー……人じゃなかったな……」


「それも良いな」

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