サーカス部

春野訪花

サーカス部

 サーカス部。

 ……なにそれ。

 部活動の勧誘ポスターの前で足を止めた。

 ポスターには赤く大きく、サーカス部と書かれている。その下にはポップに、丸っこいピエロが笑っている。更にその下には、部活での活動が書かれていた。

 「サーカスをします」。

 ……いや、意味が分からない。

 こんな部活、聞いたことがない。この間の部活動紹介にもいなかったはずだ。こんなド派手そうなの、見過ごしたり忘れたりするはずがない。

 意味がわからなすぎて、逆に興味は湧く。だけどいかにも「変」な気配がする。

 部活動紹介にもいなかったということは、正式な部活ではないんだろうし。

 ざっと他のポスターにも目を向ける。

 せっかくの高校生活。何かやりたいという、よくありそうな欲求はあれど、やりたいことはない。

 ぐるりとポスター巡りをして、またサーカス部に戻ってくる。

 頬に雫のペイントをしたピエロと目があった。

「いや、ない――」

「サーカス部に興味ある?!」

「うぇぇっ!?」

 突然の声に驚いて振り返る。

 そこには――女の子がいた。

 かわいい女の子だった。くりっとしたまんまるな黒目がキラキラしている。細く通った鼻筋と、艷やかで真っ赤な唇。長い黒髪が、サラサラと彼女の動きに合わせて揺れている。

 学年ごとに分かれているネクタイの色が、私と同じ青色だ。

 輝く瞳が興奮を伝えている。

 かわいいから、余計に距離を取りたい。

 眩しすぎる。

 しかも、さっきサーカス部って……。

「ねえ、サーカス部入らない!? 今なら風船もつけちゃうよ!」

「え……ええ……」

 風船て。

 女の子は私の手を両手で握ってきた。

「ようこそ! サーカス部へ!!」

「待って! 入るって言ってない!」

「ええ! 風船いらないの!?」

 だめだ。おかしな子だ。

 ああ、そういえば――。

 脳裏に、新しくできた友人の言葉がよぎる。

『隣のクラスの咲楽さん。すっっっごいかわいいけど、すっっっごい変らしいよ』

 この子だ。間違いない。

「そもそも、サーカス部なんてない……ですよね?」

「これからできるんだよ!」

 堂々と言い切られた。

 キラキラしている。

 青春の輝き……というか、どこかお馬鹿っぽい煌めき。

「仮にこれからできるとしても、私は入りません」

「えー……でも、今、ポスター見てたでしょ?」

「それは……変だったから。なにこれって思ってただけです」

「サーカス部だよ。サーカスするだけだよ。変じゃないよ」

「変です、立派に」

 日本でサーカスなんてあるのか?

 知らない。

 実際にはどうかしらないけど、それくらいには認知度はない。そりゃどんなものかはなんとなくは知っているけど。

 そんなものが部活として成り立つのか。

 ていうか――

「なんで、サーカス」

 すると女の子は一層目を輝かせた。

 うわ、余計なスイッチ入れた予感……。

 女の子が握りっぱなしの私の手をぶんぶんと振った。

「サーカスは、みんなを幸せにするからだよ! やって楽しい! 見て楽しい! その場にいる人、みんなが幸せになれるの!」

「……ふーん……?」

 なんだか分からないけど、あまりにも楽しそうに言うから。そういうもんかって。

 サーカスは見たことないけど、まあ、演劇とか? そういうのに親しい部分はあるのかもしれない。それなら少しは分かる。

「あっ! 入る!?」

「いや、それはいいです」

「ええ!」

 じーっと子犬のような目で見られた。

「うっ」

 でも、私は折れない。

 なにかやりたいし、やりたいことはない。

 だけど、めんどくさいことはやりたくない。

 彼女からはめんどくさそうなニオイがぷんぷんする。

 じーっとじーっと、見つめられ続けている。

 それとなく体を引いて距離を取った。

「……なんでそんなに私を勧誘するんですか。ポスター見てただけなのに」

「だって――」

 彼女の瞳の輝きが、月明かりに照らされた水面のように静かになる。

「つまらなさそうだったから」

 さっきまでの興奮した口調は鳴りを潜め、静かな声で言われた。

 ドキリとした。

 ――どの部活も、つまらなそうだった。

 ――どの部活も、めんどくさそうで。

 そのくせ、何かをしたいって――何かをしなきゃって漠然と思って。

 女の子が大人びた笑みを浮かべた。

「毎日、ポスター見てたでしょ? 部活の。でも、いつもつまらなさそうだったから。だからね――サーカス部を作ろうって思ったの」

「…………」

 そこでサーカスを選ぶのはどうかと思うけど。

「私と、やるために?」

「うん!」

「どうして?」

「えっ? どうしてって……」

 女の子はまた無邪気に、子どもみたいな笑顔を浮かべた。

「だって、みんなで楽しくなりたいから!」

「…………」

 ああ――まずいな。

 はぁ、とため息をついた。

 そして、私の手を握り続けたままの彼女の手に、空いた方の手で触れた。

「しょうがないからやってあげる」

 どうせ、はっきりやりたいこともないんだし。この子がやりたいことはわんさかとありそうだ。しばらくはそれに乗っかるのもいいかも。めんどくさそうだけど。

 パーッと笑う彼女に、ふぅと息をついてから告げる。

「だけど――サーカス部はやめよ」

 ガーンと効果音が付きそうな彼女の顔に、私は笑った。

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サーカス部 春野訪花 @harunohouka

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