コズ・ユ・ア・マイヒーロー

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コズ・ユ・ア・マイヒーロー

『では続いて、宇宙ヒーローのコーナーです。ワブリさん、お願いします』

『はい! みなさん、おはようございます。早速ですが、今日も宇宙からビッグなニュースが届いていますよ! 今日未明、B-21とB-22間の宇宙で宇宙怪獣「ダスティラス」と宇宙ヒーローたちが闘いました。四時間にも及ぶ長期戦となりましたが、ヒーローたちがなんとか勝利、「ダスティラス」の完全消滅が確認されました』

『おお~、ついに成し遂げましたね』

『ええ! やってくれましたよ、ヒーローたちが! えー、実はですね。この闘いはレッドが大活躍したんです。他のメンバーたちも報道陣の取材に対して、「レッドのおかげで勝つことができました」、「やっぱりリーダーは頼りになる」など賞賛の言葉を口にしていました。なんでも「ダスティラス」の吐く強力な酸を、宇宙シールドを駆使して一人で受け続けたんだとか。そうして「ダスティラス」を引き付けて、他のヒーローたちが宇宙ビームを放つための時間を作ったんですね』

『いやぁ、レッドは相変わらず勇敢ですねぇ。私も見習いたい!』

『ハイセさんだったら一瞬で溶けちゃうと思いますけどねー』

『ちょっと⁉』

『ははは! えー、今後も宇宙ヒーローたちの活躍に期待したいですね』

『本当にそうですね! ここまでワブリキャスターでした、ありがとうございました』

『ありがとうございました!』

『……では、ニュースを続けます。えー、明日からA-2のオルドヨークで行われる「全宇宙環境保全サミット」に向けてナオタ氏が現地入りしたとのことです。ナオタ氏は声明で「しっかりと見届けたいと思います。私たちはあなたたちを見ている」とサミット関係者へ釘を刺しました。ナオタ氏の今後の動向に注目が集まっています。次です。明日開催のサミットを前に、宇宙科学機構が全宇宙連盟政府に対して提言を発表しました。提言には「宇宙ヒーローに過度に依存することへの危機感」という言葉が盛り込まれ、大きな反響を呼んでいます。宇宙科学機構の関係者は「この提言は、宇宙怪獣を危機的脅威だと認識していない人々に向けたものでもあります」とコメントを残しています。えー、続いて……』


「ね、今朝のニュース見た⁉」

 学校帰りの電車内、私は意気揚々とリテに話しかけた。今日は(私のなかでは)特ダネがあるのだ。対するリテはというと、なにやら自らの携帯と難しい顔でにらめっこしている。

「ねぇってば」

「ん? あぁ、ごめん。聞いてなかった」

 リテはパッと携帯から顔を上げ、「なんの話だっけ」と首を傾げた。 

「今朝のニュース見た? って話」

「あー、朝ちょっと寝坊しちゃって、見れなかったや」

「そんなぁ! なら、帰ったら絶対アーカイヴ見てね。今でもいいよ」

 私のリアクションがあまりにも大げさだったからか、リテは胡散臭いものを見る顔をする。

「えぇ、どうせまた宇宙ヒーローのことでしょ。レッドだっけ?」

 そうしてまさに特ダネ(私調べ)を言い当ててきた。リテは鋭い。私が普段からレッドの話をしすぎなのもあるだろうけど。

「そうだけど! レッドのことだけど!」

「やっぱり。相変わらずソラはヒーローオタクだね」

 リテは私をからかうようにクスクスと笑った。見事に図星をつかれて若干恥ずかしくなってくる。

「ヒーローじゃなくてレッドの単推しだから」

 苦し紛れの言葉も「はいはい」で片づけられてしまった。

「でも、ホントにレッドの活躍すごかったんだよ」

「『ダスティラス』を倒したってやつ?」

「え、それそれ。なんだ、知ってるじゃん」

「ネットでちょっと見ただけ。詳しくは知らない」

「ふぅん?」

 言われてみれば私もよくは知らない。『ダスティラス』がどんな宇宙怪獣なのかも、B-20なんとかって星がここからどのくらいの距離にあるのかも。けど別に知らなくたっていいと思ってる。だって宇宙ヒーローたちがなんとかしてくれるから。

「ま、とにかく後でキチンとアーカイヴは見てね」

「はいはい、わかったわかった」

 リテはそう適当に返事をすると、携帯とのにらめっこを再開した。車窓から外を眺めてみると、天まで届くんじゃないかってくらい背の高いビル群がそびえたっている。そのさらに上空は、第56号恒星に照らされて赤く綺麗に色づいていた。さらにさらに上に昇って、上下って感覚がなくなったくらいの場所でヒーローたちは闘っているんだろう。多分。

「さっきからそんな熱心に何読んでるの?」 

「宇宙科学機構が出した提言の内容。『コスモ』に全文載ってたから、読んでみようかなって」

 あぁ、と私は気の抜けた相槌を返した。それなら今朝のニュースでも取り上げていたような気がする。ちなみに私だったら絶対読んだりしない自信がある。

「リテってそういう小難しい話大好きだよね。そういうオタク?」

 仕返しとばかりにからかってみたけど、リテは真面目くさった表情のまま「まぁ、そうかも」とポツリと言った。

「でも、そういう小難しい話は大事だからさ」

「ええ? なんかイシキ高いなー、としか思わないけどなぁ」

 私が素直にそういうと、リテは軽く肩をすくめた。なんだか呆れられたような気がする。

「なんて書いてあったの?」

 あんまり興味はなかったけど、とりあえず聞いてみた。イシキ高い。

「んー、まぁ色々書いてあるけど、やっぱり『ヒーローへの過度な依存』ってことがミソかな」

「へぇ?」

 過度な依存。頼りすぎってこと? 宇宙ヒーローに頼ることは当たり前じゃないか。宇宙怪獣はヒーローたちにしか倒せないし。そんな考えが顔に出てたのか、リテは苦笑しながらも補足してくれる。

「ヒーローしか怪獣を倒せない、っていうのは数年前までのことね。宇宙全体の科学力もどんどん進歩していってて、今では宇宙怪獣を倒せるロボットを作ることだって夢じゃないんだよ」

「そうなの?」

「そう。だから私たちもヒーローばかりに頼ってないで、みんなでお金を出し合って自分たちの星は自分たちの力で守れるようになりましょう、っていうのが今回の内容。ざっくりだけど」

「なるほどねぇ……。けど、今の今までヒーローたちだけで守り切れてるじゃん。実際、宇宙怪獣が直接星を攻撃したことなんてないでしょ?」       

「まぁ、確かにそれはそうなんだけど」

 私の反応が意外だったのか、リテはあごに手をやって考えるしぐさをとった。

「けど、宇宙怪獣の脅威はどんどん大きくなってるって言われてる」

「え、なんで?」

 それは初耳だった。まぁ特に気にしてこなかったから当然といえば当然かもしれない。

「宇宙怪獣が生まれる原因が、私たちにあるから」

 リテは携帯を見つめていたときと同じような顔をした。

「私たち……、って私たち二人? んなわけないか。じゃあ、この星の人たち全員?」

私とリテが住むN-47の人口はざっと七十億だ。まさかこんな平和な星に、怪獣を生み出す悪の組織が潜伏しているということか……!

「違うよ、そんなちっぽけなお話じゃない。全宇宙に存在する、全惑星の、全人類のこと」

 私のバカな妄想はバッサリと一刀両断されてしまった。けど、リテの話はなんだかスケールが大きすぎて、いまいちピンとこない。

「うーん?」

「えっとね。まず怪獣には、自然発生する場合と、人類が宇宙に捨てる廃棄物とか汚れた空気なんかから生まれる場合の二つのタイプがいるんだよ」

 そんなような話は化学の授業で聞いたことがある気がする。生物だったかもしれないけど。

「で、ちょっと前までは、出現する宇宙怪獣のほとんどが自然発生した個体だった。けど最近になって、私たち人類が原因で発生する個体がかなり増え始めてる。言ったでしょ、宇宙全体の科学力が上がってきてるって。それって裏返せば、ゴミの量も増え続けてるし、空気もどんどん汚れていくってことなんだよ」

 そこまで言うと、リテはうっすらと笑みを浮かべた。

「そのゴミとかをどうにかしよう、って最新鋭の科学を駆使して頭悩ませてるのが現状。ゴミを生み出す原因で、ゴミの問題を解決しようなんて笑っちゃわない?」

「まぁ……、確かに」

 私が曖昧な返ししかできないでいると、リテは「ま、それは置いといて」と話を続けた。

「とにかく、そういうタイプの怪獣はあっという間に自然発生型を追い抜いて、今では宇宙怪獣全体の七割近くを占めるようになった。おまけに非自然発生型の怪獣は一体一体がものすごく強い。いつか宇宙ヒーローたちだけじゃ対応できなくなる日が来る、きっと」

 リテはどこか確信に満ちた目で私を見つめている。

「でも、もしそうだとしたら」

 そうだとしたら、宇宙ヒーローがいつか宇宙怪獣に負ける? あの勇敢でかっこよくて頼れるレッドが? いや、いやいやいや。ないでしょ。これっぽっちも現実味がない話だ。リテとか、そういう小難しい話オタクたちは考え方がネガティブすぎるんだ。ヒーローは、レッドは、負けない、絶対。

 だって私のヒーローだから。


「おい、一体何がどうなってんだ」「私だってわかんないわよ!」「静かにしろ、子どもらが寝てるだろ」「お前何様のつもりだ?」「まぁまぁ、そうせずに」「いつになったら家に帰れるんだ、仕事が溜まってる」「さぁね、星間電波が完全にイカれちまって何の情報も得られない」「宇宙怪獣が攻めてきてるとか?」「まさか」「冗談はよせよ、少しも面白くないぜ」「気長に待つしかないでしょ」「そのうち解決するって」「そのうちって?」

 なんで今になって、あの日の、あの電車内での会話を思い出したんだろう。夕焼けの綺麗な日だった。あのときの私は、リテの言ってることがサッパリ分からなかった。とか言ってみると、まるで今では理解ができてるように聞こえるかもしれない。多分、結局理解できてないから今こうなってるんだと思う。というか、私一人が理解していたとしてもあんまり意味がないことなのかも。『全宇宙に存在する、全惑星の、全人類』が理解して、その上意識していないとダメだったんだ。なおのこと無理のある話じゃん、ってうっすら笑ってしまった。

「なぁ、外はオーロラが出てるらしいぞ」「は? オーロラ?」「オーロラって北極とか南極にでるやつでしょ」「なんでこんなとこに?」「なんかちょっと不吉かも」

 リテは学校を卒業してすぐA-2へと渡った。ワープ船港まで見送りに行ったら、「私がなんとかするからね」と何度も口にしていたのをよく覚えている。最近はほとんど連絡することもなくなった。今どうしてるんだろう。無事だろうか。そうだといいな、と思ってなんとなく空を見上げようとしたけど、カビの生えた地下鉄の駅の天井しか視界に映らなかった。

「これはただの噂なんだけどさ……、ヒーローたち、負けたらしい」「怪獣に?」「ウソだろ」「グリーンもイエローも全員?」「ってことはレッドも負けたのか」「えぇ、ファンだったのにな」「やっぱりヒーローに頼りすぎたんじゃないか?」「あ、私それ前から思ってた」

 空に出てるオーロラも、大規模な電波障害も、突然の避難勧告も、全部何かの間違いに決まってて、そのうちしばらくしたら『ヒーローたちが、やってくれましたよ!』ってどこか遠くの星から連絡が入るのだ。そうしてみんな昨日までの生活に戻っていくはずだ。ヒーローが負けるなんてありえない。いくら考えたってやっぱり現実味がない話だ。もっとポジティブに生きるべきなんだ。ヒーローは、レッドは、負けない、多分。

 だって私のヒーローだから。

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