愛にきた

Ai_ne

最後の再会

 深夜二時。

 足を止めたのは、公園の前だった。そのすぐ横に、黒い軽自動車が停められている。左足を公園内に踏み入れると、私を呼んだ男がブランコに一人で座っていた。

 見るからに細くて、小さくて、頼りない背中。

 でも、昔の私はコイツに恋をしていた。


「突然呼び出して、どうしたの?」


 後ろから声を掛けて、隣の空いたブランコに腰掛ける。

 すると、彼は煙草を蒸かしながら口を開いた。


「久しぶりに会いたくなって」

「なにそれ」


 都合のいいヤツ。

 そう思いながらもここまで来てしまった私も、どうしようもなく都合の良いヤツなんだろう。


「俺達、別れてどれくらいだっけ」

「さあ」


 シラを切った。

 コイツと別れたのは二年前。

 別れた理由は浮気でも喧嘩でもなくて、ただ冷めたから。

 つまらない理由だけど、それ以上に一緒にいることがつまらなくなってしまっていたのだ。


 恋愛とは、そう思ってしまったら最後だ。

 瞬間、乙女色だった視界は白と黒の世界に早変わり。

 好きを見ていたはずが、いつしか嫌いを見てしまっているのだ。直接その事が嫌になったわけじゃない、視界がそんな風になってしまった自分が嫌だった。


 だから、私はコイツを振った。


「それで、なんで呼んだの?」


 言うと、彼は双眸を見開く。

 コイツはきっと、自分がどれだか分かりやすいかを自覚していないのだろう。顔に全て書いてあるのに。

 やがて、彼は眉間に指を押し当てて小さく呟いた。


「お前には敵わないな」

「……仮にも元カノだもの」


「それで、どうしたの?」


 聞くと、彼は重々しい口を開いた。


「付き合ってた彼女に、振られたさ」

「……」

「結構……ショックだったんだ……」

「それで私を呼んだの?」

「悪いと思ってる」

「悪いと思ってるのに、呼んだの?」

「……」


 コイツは黙った。

 最低。

 こんなのなら、最初から来なければ良かった。


「少し見た目は整ったと思ったのに、そういうところは直ってないんだ」

「……」


 冷たい視線を浴びせてなお、コイツは瞳を潤わせて黙り込む。ほんとに情けない。男のクセに泣き虫で、頼りなくて、こういう時になるとすぐに黙り込む。


 私はコイツのこういうところが嫌い……だった。

 嫌いだった……はずだ。

 嫌いだったはずなのに。

 気づくと、私の手は鼻を啜るコイツの頭に乗っていた。


「別に、あんたと馬が合わなかっただけじゃないの。そんなに泣くことないでしょ」

「だって……好きだったから……」

「……そんなに好きだったんだ」


 彼は無言で頷いた。

 私のときはそんなのしなかったのに。

 だけど、気づけば私はコイツの頭をしばらく撫で続けていた。泣き止んで少ししてから、私はコイツの頭から手を離す。


「もういいでしょ」

「……ありがとう」

「……ん」


 時間はどれくらい経ったのだろうか。

 スマホなど家に置いてきてしまった。

 

「そろそろ行かなきゃ」


 彼は腕時計をちらりと見てそう言った。

 そして、最後に私を見て口を開く。


「俺達が付き合ったのも、この公園だったよな」

「あぁ……」


 たしか、同じくらいの時間にここで告白されたんだっけ。


「なぁ。俺達、やり直さないか?」

「ばか言わないでよ。もう……そんな気はないの」

「そっか……じゃあ、呼び出して悪かったな」


 言うと、私から背を向けて公園を後にした。


「せめて、送っていきなさいよ」


 私は、会いたいって言うからあいにきたのに。

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愛にきた Ai_ne @Ai_ne17

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