第7話:この世界について

「へぇ。キンジは記憶喪失なのか」

ジョセフがそう言って、俺を憐れむような目で見ていた。


俺達は、レッドベアのいた洞窟を抜け出し、ジョセフの言う王都に向けて森の中を進んでいた。


ジョセフの野郎、なんとなくで王都の場所が分かるんだとさ。

勇者になった途端、行きたい場所の方向が分かるようになったって言ってたから、恐らくこれも勇者の力なんだろうな。


ちなみに俺は、記憶喪失ってことにした。


流石に転生してきたとは言えなかった。

こいつをそこまで信用する必要もないからな。


森の中を進む道すがら、俺はこの世界の事を色々とジョセフに聞いた。


大体のことをまとめると、こんな感じらしい。


1つ、職業は一生変わることはない。

これは、絶対なんだとさ。だから俺の職業が【勇者の奴隷】になった事自体、ジョセフにとってはかなりの驚きだったらしい。


あぁ、あと何故か、勇者だけは後天的に変わるんだとさ。

ジョセフの前の職業が何だったかだけは、絶対に教えてくれなかった。

まぁ多分、【役立たず】とかそんなんだったんだろうな。



1つ、スキルは1人につき1つってのが原則らしい。

まぁ、俺みたいに派生スキルが生まれることも、時々あるらしいがな。

ちなみに、俺のスキルは【攻撃力増加】ってことになった。

ジョセフがそう勘違いしたから、否定していないだけなんだけどな。



1つ、この世界に名前はないらしい。

まぁよく考えたら、俺がいた所だって、地球って星の名前しか無かったもんな。



とまぁ、ジョセフから聞き出せたのはこれくらいだった。


はぁ、役に立たねえ。


どうやらジョセフは、小さな村に住んでいたらしい。


そこで突然勇者になっちまったから、こうやって魔王を倒す旅に出されたんだとさ。


なんつーか、この世界も最難だな。よりにもよって、こんな奴が勇者だとさ。

もしこの世界に神ってやつがいるんなら、頭がおかしいとしか思えないな。


「ちょっとキンジ!それは失礼じゃないか!?」

ジョセフが非難がましい目を俺に向けていた。


「何がだよ」

「いや、キンジさっきからブツブツと、僕の悪口言っているじゃないか!」


あぁ、声に出ちまってたらしい。


「それより、王都ってのはまだなのか?」

「キンジ、僕の言っていること、聞こえてるのかい!?」


そういきりたつジョセフを無視して俺が見つめ返していると、何かを諦めたようにため息をつきながら足元の小石を蹴ったジョセフは、先の方を見つめた。


「フゴッ!?」

ジョセフの蹴った小石の飛んだ先でそんな声が聞えた気がしたが、それに気付かないジョセフは口を開いた。


「多分、もうすぐ森を抜けるはずだよ。そうしたら、そこまで時間はかからないはずさ」


その言葉の通り、少し進むと森が終わり、整備された街道が姿を現した。


「おー、ジョセフの言った通りだったな。流石は勇者―――」


俺が伸びをしながらそう言っていると、


「うわぁーーっ!!」


街道の先から、そんな声が聞こえてきた。


「あっ!人がボアに襲われてる!」

ジョセフが大声をあげた。


俺が踵を返してその場を立ち去ろうとすると、ジョセフが俺の腕を掴んだ。


「助けなきゃ!」

「いや、なんで俺が・・・」


「いいから!行こう!」

「行きたきゃお前だけで行けよ!俺は自分の命のほうが大事なんだよ!他人がどうなろうと、知ったこっちゃない!」


「・・・・あぁ、もう!わかったよ!僕だけで行くよ!!」

ジョセフはそう叫んで、走り去っていった。


バカバカしい。

なんで自分の危険を顧みず、他人を助けなきゃならない?


俺は、その場に腰掛けて、ジョセフの背中を見つめていた。


あいつも物好きなやつだ。

流石は勇者に選ばれるだけはあるってか?


でもまぁ、あのイノシシの1体くらいならあいつでもどうにか・・・


って、3体いるじゃねーか。

っていうか1体、頭にタンコブできてんな。

もしかして、ジョセフの蹴った石が、あのボアに当ったのか?

それでボア達が暴走を?


なんだよ。完全にジョセフのせいじゃねーか。


ここは、あいつに自分のケツを拭かせよう。

うん。そうしよう。

まぁ、あいつのスキルなら死ぬことは・・・


「ぎゃぁーーーっ!!助けてくれーーっ!!」


って早速ピンチじゃねーかよ!!

あいつ、弱いくせに出しゃばってんじゃねーよっ!!


(主人が寿命以外で死んだ場合、奴隷は自動的に死を迎えます)


あー、はいはい!わざわざありがとうございますねっ!!


俺は脳内に響く声に悪態をつきながら、立ち上がった。


もし助けられたら、あいつ絶対にぶっ飛ばす。


俺は走りながらジョセフの爽やかな笑顔が歪むのを想像しながら、ジョセフへとつに進むボアの前に立ちはだかった。


「キ、キンジ!!」


歓喜の色が籠もったジョセフの声を無視して、俺はボアの突進を受け止めた。


ボアは渾身の一撃を軽々と止められたことに動揺し、その場にただ突っ立っていた。


「うわぁっーー!」


直後に背後から聞こえるジョセフの叫びに振り向くと、残りの2体がジョセフへと襲いかかっていた。


俺はすぐにその場を離れ、ジョセフに襲いかかっているボアの背を殴りつけながら、スキルを発動させた。


【返済】っ!!


ちっ、やっぱり使えない。


やはりそういうことか。この【返済】、攻撃してきた相手にしか返せないのかよ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る