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「バイト。ちょっとスマホ貸して」


 僕がスマートフォンをポケットから取り出すと、彼女は素早く奪い、慣れた手付きで操作をする。


 誰にも見られる心配なんて無いだろうとパスワードロックなど設定していない僕のスマートフォンは彼女の操作に逆らえない。友達とのふざけたやり取り等の恥ずかしいデータを見られるかもしれないと彼女から取り返そうとした時には、もう目的は達成したらしく「はい」と僕に手渡された。


「連絡先、登録しといたから。また撮りたくなったら連絡する。あ、撮られたくなったら連絡してよ。じゃ」


 言い終わるのが早いか、彼女はカバンを強く掴み走り出そうとした。


「あのさっ……」


 僕の声に、彼女は引き止められる。


「どうして、僕なんかをモデルにするのさ。他にも顔のいいヤツや撮られたい人だっているだろ」


「んー……退廃的って言ったら良いのか……。いや、違うかな……」


 彼女は考えるように難しい顔をし、腕を組んだ。


「なんにも求めていないような、何もかもを諦めているような、その先に光を見ていないような。そんな被写体がぼやけたように写るトイカメラには似合うと思うのさ」


「意味はよくわからないけど、貶されてる?」


「うん。褒めてないよ」彼女は即答した「ま、そんな雰囲気の空気があたしは好きなの。じゃあね」


 彼女は走り去っていった。僕は彼女の言葉の内容よりも、僕よりもテストの点数が低い彼女の口から「退廃的」という僕の知らない難しい単語が出てきたことに驚いた。失礼か。


 スマートフォンに彼女からのメッセージが届いた通知が表示された。


「よろしく」という短い言葉に続いて、可愛らしいキャラクターがお辞儀をしているスタンプが表示される。僕はどう返して良いのか思い浮かばず「うん」と一言だけ返した。


 お母さん以外の女性とメッセージのやり取りをしたのはいつぶりだろうか。

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