第2話「メチャクチャピンク」

「だーかーらっ! 俺たちはで悪の秘密結社『ダークシャドウ』を倒す『自衛戦隊メチャクチャジャー』だろうっ!」


 基地に戻ったあと、通常の隊服に着替えたレッドこと本堂ほんどう 正義せいぎは、まだ不機嫌だった。

 銀色のテーブル、丸みを帯びた椅子。

 壁には様々な計器類が所狭しと並ぶ中央司令室である。

 正義の怒鳴り声を受けて、ピンクこと桃井ももい まこは、ネコかリスかよくわからない不思議な生き物をぎゅっと抱きしめ、身をすくめた。


「レッドちゃんどうしたの? まこ、こわいよぉ」


「そうでござるぞ、女性にょしょうに対してそのような物言いはどうかと」


「普段はレッドって呼ぶな! 機密保持!」


「……あ、そか。ごめんね正義ちゃん」


 正義はふぅーっと息を吐き、ゆっくりと気持ちを落ち着ける。

 メチャクチャジャーに入るために、厳しい訓練を受け、試験にも合格してきた。

 同じように、男性と変わらぬ厳しい試験をクリアしてきたまこのことを、正義は尊敬していたのだ。

 ……はじめのうちは。


「桃井、聞いてくれ」


「なぁに、正義ちゃん」


「俺たちはで悪の秘密結社を倒す『自衛戦隊メチャクチャジャー』だ」


「うん。そうだよ」


「じゃあさっきの攻撃はなんだ」


 さっきの、とは、地面からにょっきりと生えたネイルのことだ。

 あれは戦隊の装備にある武器ではない。


「あ、あれ~? まこ、なんかへんなことしたかなぁ?」


「あとあの変なステッキと」


「な、なんのことかなぁ?」


「その不気味な小動物もだ。説明しろ」


 叫びだしそうになるのをこらえながら、正義は最後まで冷静に質問を続けた。

 まこのそばでその生物は、どう考えても尋常な生き物ではない。

 ひと目で異常だとわかるその生き物を、この最先端科学の組織に、なんの疑いもなく存在を許されているのが、正義には理解し難かった。


「それは確かに、拙者も気になっていたでござる」


「失敬だなキミたちは~。こんな可愛らしいぼくを不気味だなんて」


 空気が凍った。

 ネコかリスかよくわからない生き物が、空中にふわりと浮かび、人語を話したのだ。

 ブルーこと諸市もろし だんは背中の日本刀に手をかけ、椅子から飛び退る。

 正義も震える左手首の変身装置に指をかけた。


「あぁっ、だめだよエメラルドちゃん! 人前でお話しちゃ!」


「あっそっか~。ごめんごめん」


「ななっ?! なんでござるか?! その人語を解する獣は?!」


「さっさては! ダークシャドウの怪人かっ?!」


 正義がボタンを押すと、わずか1ミリ秒でメチャクチャスーツが装備される。

 レッドの姿になった正義の筋力は普段の128倍に強化され、2,300度の高熱にもマイナス180度の低温にも耐えられるという人類科学の結晶であった。


「正体を表したな! さぁ、桃井から離れろ!」


 変身した正義は、安心感から少し余裕が出る。

 それをジトーっとした目で見つめたエメラルドは、ふぅっとため息を付いた。


「まこ、もうめんどくさいから魔法で記憶消そう」


「う、う~ん。脳に負担かかるからあまりやりたくないんだけど……まぁ、しかたないか」


 桃井まこ(A型、ふたご座、身長153センチの18歳)は魔法少女である。

 数年前、満月の夜にエメラルドと出会い、世界を救うために契約をした。

 しかし、一人で世界中の事件を解決することに限界を感じた彼女は、自衛隊の試験を受け、『自衛戦隊メチャクチャジャー』の一員となったのだ。

 もちろん彼女には、特殊部隊の試験を突破するような身体能力も頭脳もない。

 ちょちょいと魔法の力を借りて、いい感じに突破したのである。

 それでも、今まで無償だった「世界を救う」という行為に、今は給料をもらえる。

 夢見がちな少女であった彼女の将来を心配していた両親も、親方日の丸の誇れる仕事についたことを喜んでくれた。

 つまり、まこはこの状況をかなり気に入っていた。

 まっすぐに手を伸ばし、空中で握る。

 一瞬前には何もなかった手のひらの中に、突然星と翼の意匠が施された純白のステッキが現れた。


「ダークエメラルドパワー! ブレインハーック!」


 きゅんきゅんという場違いな音とともに、周囲にピンク色の靄が立ち込める。

 即座に、弾は口をぱかんと開けて膝をついた。

 しかし、正義は耐える。

 メチャクチャスーツに仕込まれた防毒マスクが、周囲のガスを無害化してくれていたのだ。


「くっ!? きっ効かねぇぞ! こんなも……ん……!」


 飛び退き、そのまま部屋から離脱しようとした正義の耳元で、警戒音が鳴り響く。

 あまりにも強力な魔法の効力は、科学の粋を集めたメチャクチャスーツの力を持ってしても、ほんの数秒しか無害化できなかったのだ。

 こうして、まこに対する疑問の数々は、正義や弾の脳からきれいさっぱりと消えた。

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