転生? いえ、憑依です

akamiyamakoto

プロローグ 終わりと始まり

 思えばもう三年か。魔術を放ちながら、思考する。


 あの日、俺の運命は180度変わった。今でもあの日にこんな事に巻き込まれていなければ、どういった人生を送れてたのかと妄想に浸る事もある。


 だがそんな日々ももう終わりだ。今目の前にいるコイツを、俺が呼び出された要因たるコイツをここで殺す。


 ────これで晴れて俺は自由の身だ。


「──だからさっさと殺られろ!」


「断る! 我は歴代最強の魔王……貴様のような人間ごときに殺されてやるわけにはいかぬわ!」


 俺の眼前の相手とは、殺すべき相手とは──【魔王】と呼ばれる存在である。ファンタジー作品によく出てくるあの【魔王】だ。


 そう、ここは剣と魔法、いや……剣とのファンタジー世界なのだ。そして眼前の【魔王】は歴代最強。

 その強さは先程斬り捨ててきた【魔王軍四天王】と呼ばれる4体の【魔族】の数倍は上で単純な力、魔術、武器による戦闘技術全てが俺よりも少し上だ。


 そんな魔王を倒すべく戦争のせの字も授業で習うぐらいでしか知らない俺は【勇者】としてこの異世界に召喚されたのだ。


 当然【勇者】として召喚されたとはいえ、ただの一般男子高校生だった俺に戦いなど到底不可能だ。すぐに死ぬのは明白、その上俺は【勇者】として召喚されたのに前衛向きではなく、後衛向きの【魔導師】と呼ばれる職業ジョブだった。

 後衛向き故に正面切っての戦闘は難しいが、そんな俺に戦闘の技術を、魔術を、剣を教えてくれた存在がいた。


「……なら、これならどうだ────!」

「無理をするな大賢者。その傷じゃろくすっぽ動けないだろ。傷の治療に専念しろ」

「しかし勇者よ……!」

「いい。後は全部俺がやる。元々俺がやるよう言われた仕事だしな。アンタは弟子の成長をそこで見ていればいい」


 彼女は俺の──【魔王軍】に倣って【勇者軍】としようか。その【勇者軍】唯一のメンバーであり、【大賢者】と呼ばれている。


 彼女は俺の師匠であり、死にたくないとか様々な理由で最終的に誰もついてこなくなったこの戦いで唯一最初初めて出会った時から最後魔王との戦いまで共にいてくれた仲間だ。


 ──突然だが、この世界では死は明確に示されている。それは数値として目に見えるのだ。


 この世界ではゲームによくある【ステータス】や【スキル】なんてものがある。日常的に皆視るのだ。

 自分の死が数値として可視化されているからか、俺がいた日本よりこの世界の人間は死に対して過敏に反応し恐怖する。だから誰もついこなくなった。


 そしてそれらが数値化されたものの事を【神の窓ステータスウィンドウ】と言う。

 【神の窓ステータスウィンドウ】は本来自分のモノしか視る事は出来ないが、俺は例外的に他人の【神の窓ステータスウィンドウ】も視る事ができる。


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魂階Level】:97

生命HitPoint】:100156/647155

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 化け物か【魔王コイツ】はっ……。


 俺はこの世界に来たときにいくらか有用な【スキル】を得た。この他人の【ステータス】を視る力もその時に得た眼の能力だ。

 今回は簡略化して視ているが、これだけの情報でもこの【魔王】がいかに規格外かがわかる。


 ──とはいえ、だ。


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魂階Level】:90

生命HitPoint】:61428/353286

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 ──これは……互いに即死圏内だな。


 【魔王】が大剣で斬撃を放つ。それに対し俺は魔術を放つのを止め双剣を持って向かい打つ。

 俺の剣と奴の剣がぶつかる度に衝撃波を放つ。


「……むぅ、貴様本当に魔導師か? 勇者とはいえ魔導師だというのにそれほどの剣技を繰り出すとは…」

「ハッ、俺の師匠は厳しくてなァ……!」


 当たり前だが、後衛向きである【魔導師】は魔術を放つのを得意とする。そのため前に出る事はない。

 だが俺には仲間が【大賢者】しかいない上、その【大賢者】も後衛向きの戦闘スタイルだ。


 そのため前衛としての戦い方も会得しなければなかった。大賢者が妥協しない性格だった事もあり、俺は限りなく隙のない【勇者魔導師】へと育て上げられた。


「……っ、おい魔王! !」


 どっちみち俺達の攻撃力なら次何かの技を繰り出しぶち当てればどっちも死ぬ。

 ならば互いに次で終わらせる事にすればいい。そうすれば少なくとも【大賢者】は生き残れるだろう。


「勇者……? ──まさかお前……っ!」

「さァどうする魔王! 魔族の長として格好良く散るか、ぐだぐだ戦い続けるか!?」


 やろうとしてる事を悟ったのか、大賢者が何か言おうとしている。それを遮りもう一度【魔王】に語りかける。


 【魔王】はニィッと笑い──。


「いいだろう! 我が最強の技を持って貴様を滅してやろう!」

「──五大魔素エーテル連結、接続……完了。仮想魔素エーテル創造、連結接続……完了」


 静かに詠唱を開始する。失敗は許されない。失敗すれば、辺り一体は吹き飛ぶだろう。

 己が使える魔術に関連する属性魔素エーテルを一つに紡ぎ繋げていく。


「暗黒の因子よ、混沌よ! 我が手に収束し、弾けよ!」


 【魔王】もまた、俺との戦いの終止符を打つための最後の技を使用しようとしている。

 互いに互いを殺すために、辺り一体を吹き飛ばしかねない技を繰り出そうとする。


「全属性魔素エーテル接続完了、原始魔素エーテル再現開始……再現完了。原初へ返り咲け、全てを無に帰せ……!」


 原始の魔術、否────【魔法】へと至ったソレをここに呼び出す。

 原初へ覆す、始まりの力。現存しない虚無の魔法。


 【魂階レベル】が90であり、【魔導師】として最高峰に位置する俺ですら、再現することしかできなかったソレを相手へ向ける。


「ゆくぞォ!」

「──【原始の虚無アンファング・ヴァニタス】!!」


 互いの必殺が接触した瞬間、けたたましい音が聞こえたと同時に、俺の意識は暗転した────。


 ◆◆◆

「────! ──キ! ──カズキ! 起きろ、起きてくれ!」


 ──意識が、回復する。


「──大、賢者……?」

「カズキ! ……よかった。……しかし、もう──」


 意識がハッキリしてきた、と同時に自分の現状を把握した。

 俺の固有能力ユニークスキルでステータスを可視化する。


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魂階Level】:90

生命HitPoint】:0/353286

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 【生命】が0となっている。つまり、俺は死んでいる。

 事実、俺の下半身は存在していない。生きている……数値的には死んでいるがこうして意識があるのは、ひとえに【魂階レベル】が90だから、だろう。


 俺と百年は生きている【大賢者】が知る限り俺以外に90代に至った人間はいない。

 故に【魂階レベル】90に至った者がどうなるかわかっていなかった。


 きっとこれが、数値が0になってもしばらく生存していられるこの状況こそが、この境地に至った者への褒美…奇跡なのだろう。


 ──現に、奴もまた生存している。


「──見事だ。勇者よ……我を、ここまで追い詰めたのは貴様が初めてよ……勇者、貴様の名は?」


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魂階Level】:97

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 ──こいつもまた、死んでいるのに、だ。


「……『和樹』、『嶋村和樹』だ。カズキでいい。お前はなんて名前なんだよ?」

「……我か。我は『イーブル』。歴代最強にして、異能の魔王である」

「──異能?」


 大賢者は視えないからわからないか。


「あぁ……こいつは俺と同じく固有能力ユニークスキルを持っている。俺と違って一つだけだがな……」

「ふん────異能を持つ魔族は、歴代の魔王を含んだ上で我だけだ。一つ持ってるだけでも相当すごいのだぞ? ……まぁいい、肝心の我が持つ異能は──」

「【輪廻転生】、それがお前の異能だろ」


 【魔王ガヴェル】の持つ異能、それは【輪廻転生】という名称の固有能力ユニークスキルを持っている。


「りんねてんせい?」

「俺の世界の言葉だ……詳しくは知らないがヒトが死んだ時その魂が再び輪廻の輪により転生するとかそんな感じだったはずだ」

「ほぉ、勇者カズキの世界の言葉だったか……いくら調べてもわからぬ言葉であった理由がようやくわかった」

「お前は知ってろよ……まぁいい。お前の固有能力ユニークスキルの効果、その条件ならお前も把握し"設定"しているんだろ? どうなんだ、この場合は──?」

「──"失敗"だ。残念な話だな、お前も我も」

「……? 何の話をしている?」

「……あー……こいつの固有能力ユニークスキルは一言で言えば『』だ。」


 あくまで簡単に言えばな、と付け加える。

 すると【大賢者】は目に見えて狼狽え始めた。……俺が相打ちで殺し切ったのに後で生き返ると言われれば、まぁそうなるよな。


「どういうことだ!? お前がここまでして、殺したのに……コイツは生き返るのか!?」

「正直な話、すまぬ」 

「……お前、認めた奴にはフランクに話すぐらいには腰が低くなるんだな」

「失敗とはいえ我を殺してみせたのだからな、これぐらい当然よ。……カズキよ」


 穏やかな声色で、【魔王イーブル】は俺に語りかける。


「我は時期復活するが、お前は死ぬ。お前が死ぬ前に、あらかた知る必要があろう事を話す」

「何の話だ……?」


 意識が少し朦朧としてきた俺の疑問を、大賢者が代弁してくれる。


「我ら魔王と勇者の因縁の話よ……とはいえ、我も全容は知らぬがな。カズキ、お前のその"眼"を持ってしても視えぬそれを、我は一端とはいえ知っている」


 【魔王】は語り出す。どうしてこの世界に魔族がいるのか。

 どうして、【魔王】と【勇者】という存在は誕生するのかを。


「……まず、我等魔族はなんなのか知っているか?」

「……? 魔族は魔族だろう? 私はそれ以上でもそれ以下でもないと思うが……」

「──"何"が生み出したか、と言えばいいか……」

「……そういえば、考えた事なかったな。俺を呼び出した神とか? ……魔王と勇者を自ら創ってそれで遊んでるとかな」

「魔族についた"旧神"ならばともかく、今この世界を統べている"聖神"等はそんな事はしないだろう。奴等は秩序を第一とする……奴等も奴等で娯楽に生きる事もあるだろうが、世界を巻き込むほどの事はしないだろう」


 【旧神】。「旧」とついているが、【聖神】とされている神と同じ存在である。【聖神】が現れるまでこの世界を支配していた存在というわけではない。

 ──【旧神】は【聖神】だったが【魔族】についた裏切り者といえばわかりやすいか。


「……そうさな。我等は、"必要悪"というべき存在だ」

「必要悪、か……確かにな。──魔王ってのは基本的に勇者に倒される存在として、勇者の最終目標として創られる事が多いイメージがある……」


 その風潮は特に一昔前のゲームで多かったように感じる。最近のは裏ボスとかがよく出てくるし、そもそも【魔王】が出てこないのもある。


「……つまり、貴様らは倒されるべき悪として誕生している──そういいたいのか?」


 【大賢者】の問いに、【魔王】は小さく首を振った。


「……我等を生み出した者の意図は、おそらくそうではない。全容まではわからぬが、そう確信して言える」


 ──我等は、人類を殺すべくが創り出した絶対悪。


「我等はそういう存在だと、我は考えている」

「────」

「……へぇ、根拠は?」

「我等は世界に産み落とされた。我はそれを強く認識している──おそらく、魔王故だろう」

「そんな……この世界が、この世界そのものが我等を殺そうと──?」

「……それが本当だとして、何で世界はこの世界の奴等を殺そうとしてるんだよ?」

「それがわからぬのだ……ただ、聖神共は勘付いておるのだろうな。わざわざ異世界から勇者を召喚しているのだからな」

「それは、何故だ?」

「……混乱してんのか、大賢者。ちょっと考えれば、すぐわかるだろ。──この世界の奴等を殺すべく創られた魔族、魔王は、当然この世界の奴等より強くなくてはならない。……つまり、この世界の奴等じゃ、勝てない。だから、異世界の人間を、勇者として連れてきてるんだろ」


 ケホッケホッと咳き込む、いよいよ不味くなってきたか。

 それを見た【大賢者】は狼狽え、【魔王イーブル】は語り口を速めた。


「問題なのは、いくら我等魔族を倒そうと世界は魔王を創り出すということだ。しかも質の悪い事に……」

「ま、待て魔王イーブル。……カズキ、数百年前まではこの世界の勇者でも魔王を倒せていたはずだ。なぜそういう結論になったのだ?」

「……だから、強くなっていってるんだろ」


 【魔王イーブル】の話を遮り俺に問う【大賢者】。これは相当混乱してるな。

 ──俺の回答は変わらない。強くなっていっているのだ。【魔族】、特に【魔王】は。


「そのとおりだ、カズキ。よいか、大いなる賢者よ。昔……先代の時代ならば、まだこの世界の勇者でも対処出来ただろう──だが、恐ろしいことに世界はしたのだ」

「……学習?」

「──世界は、何故魔族が敗北するのかを考え理解した。そして世界は実行した……

「……そんな事が出来るのか、世界は──?」

「否、スキルは聖神が貴様ら人類に与えた祝福。本来世界は持ち得ぬ力よ……だが、世界は旧神を味方に引き入れ利用したのだ」

「──あぁ、そういうことか。前の世代までは、この世界の勇者、人類でも対処できるぐらいの強さだった。だが、世界が学習した結果……魔族もスキルを得てしまった。その上、単純な戦闘能力も強化され、いよいよこの世界の人類では倒せなくなった、と……」

「故に、異世界から勇者としてカズキ、お前が召喚されたのだ」

「……俺は戦争もない平和な時代の国育ちなんだがな…そこらへんどうなんだ?」


 実際最初は本当に使えない雑魚勇者だったのだし。ここまで強くなったのは、【大賢者】を初めとする周りが有能だったからというのが大きい。


 ──何か異世界人日本人勇者には恩恵でもあるのか?


「さてな。我は聖神の事情は知らぬし、旧神は既に世界との繋がり以外断たれている故に何も知らぬからな」

「む、待て──では、"次"はどうなる?」


 先代ではこの世界の人類でも対処可能だった。今代ではスキルの追加と戦闘能力が単純に強化された事で異世界の人間に頼らざる負えなかった。


 ……次は?単純に固有能力ユニークスキルが増えるとかか?それともまさか、魔法を──いや、流石に魔法それは難しいか?


「──次では固有能力ユニークスキルが2つとか3つとかに増えて、戦闘能力強化とかか? 次の勇者は大丈夫か心配になってきた……」

「お前は自分の心配をしろ」


 【大賢者】からお叱りがきた……俺はもう死ぬだろうから次世代の心配をしてもいいと思うんだが────。


「残念だが、カズキよ。我にも次を予測する事はできぬが、これだけは言える。……次の魔王は、カズキが言った条件を踏まえた上でになるだろう。」

「なっ────」

「──あー、そうか。そうだな……お前も魔王としてカウントされるなら次はそうなるな」


 【魔王イーブル】は固有能力ユニークスキルで転生する。

 その際にまた、【魔王イーブル】が次代の【魔王】に選ばれる……という事がないなら、もう一体【魔王】が存在する事になる。

 当然【魔王イーブル】は、今代の【魔王】として培った強さをある程度は引き継ぐだろう。【魔王】が2体以上存在する展開は十二分にある。


 もっとも、その場合は【魔王イーブル】はあくまで"【魔王】級の力を持つ【魔族】"という扱いにはなるが。


「それだけではない。もしそれがまかり通るならば、今度は魔王を強化した上で魔王を個体数そのものを増やすなんてことをするやもしれぬ。それこそ、4体になったり、10体になったりするやも……」

「そんな……そんなことが……」

「──まさに絶望、か。仮に今までのが、人類を滅ぼすためのテストなら……今度は確実に滅ぼすために、そうしてくる可能性は大いにあるだろうな……まぁ、もう俺の知ったことじゃねぇが────」


 目が霞んできた。いよいよ終わりが近づいてきたらしい……。


「何を言う。おそらくお前もまた何らかの形で巻き込まれるぞ、カズキよ」


 【魔王】が真剣な顔してそう言った。何を馬鹿な事を言っているんだ? 俺はもう死ぬぞ?


「我は歴代最強。魔王として君臨した年月もまた歴代最長である。そんな我を、相打ちで……結果的に言えば失敗したとはいえ殺したのだ。合理的主義の権化たる聖神共が黙って死なせるわけがあるまい────」


 歴代最強の【魔王】を殺した歴代最強の【勇者】。そんな人材をやすやすと死なせるわけがないってか。

 でもどうするってんだ? 【魔法】……この世界最大の神秘を扱える【聖神】でも、万全ならばともかくここまでボロボロな俺の蘇生は難しいだろう。


「何を馬鹿な、という話でもない。カズキ、お前を蘇生させるのではなく、お前の身内をここに連れてくるなどという事をしでかすことかもありえる。……そちらのほうが、まだ現実的だ。何せカズキという実例があるのだ。歴代最強を殺した異世界人。その身内をカズキのように勇者に仕立て上げる可能性など簡単に考えられる──むしろ、世界を救いしカズキの身内ならば、カズキと同等以上の勇者になりえると躍起になるやもな」

「────。紅葉を、か?」

「……モミジ?」

「俺の妹が、連れてこられる可能性もあるって事かよ!?」


 声を荒げる。ゲホッゲホッと血反吐を吐く。【大賢者】の声が聞こえたが、それどころじゃない。身内が──唯一の肉親が連れてこられる可能性があるのだ。


「紅葉はっ、はぁ……はぁ……妹は、俺の唯一の家族だ。ただでさえ……いなくなって、死ぬってのに、これ以上迷惑は……かけられねぇよ────!」

「……そうか。──大いなる賢者よ、お前に、人類代表として"盟約"を交わしたい」

「……何?」


 穏やかな一言。その後に【魔王】らしい威厳たっぷりな声色で、【大賢者】に語りかける。


「カズキにも、メリットはあろう話よ」

「……聞こう」

「……我は今まで死んだ事がない。故に我の力が確実に我を転生させるとは言えぬ。だが、仮に転生したとして、魔王が他にもおり、この我も魔王として数えられていたならば──いや、そうでなくとも、転生できたならば、我は自分からは、人類に一切手を出さぬ事を誓おう」


 魔法陣が、小さく展開される。【大賢者】がそれを飲めば、あれは魂を縛る鎖となり、先程言った条件に反した瞬間に魂を引き裂くだろう。もっとも、それだけの違反をしたら……という話だが。


「無論人類が我と敵対し襲ってきたなら話は別よ。あくまで自ら殺しにいかぬだけ……そちらが襲ってくるならばやり返す、当たり前だろう?」

「……なるほど、その魔法陣も確かに上位の契約魔術によるものらしい」

「……それだけではない。カズキ、仮にお前の妹が勇者に仕立てあげられ、我が元まで来たならば…我は手厚くもてなし、保護しようではないか。当然、妹が満足いく条件でな」

「……なる、ほど。嘘偽りはない、だろうな……お前はそういうの、言わない性格ってのはわかってる……大賢者、お前が……決めろ。俺は、いいと思うが……」

「…………」

「……信じられぬか。ならば、こう言おう。仮に魔王が複数体いたならば、勇者もまた対抗するため複数人になるだろう。その全員、妹を除き襲ってこなければ襲わぬ、というのも付け足そう。無論、カズキの妹には手を出されようが決して反撃はせぬ。どうだ?」

「──わかった。その言葉、信じよう。私と、我が愛弟子たるカズキの名においてな」


 頬が緩くなるのを感じる。【魔王】も、笑っていた。


「そうか、そうか……。我が"友"達よ、ここに宣言しよう。ここに、盟約は結ばれた。我は自分からは決して手を出さぬ、妹が来たならば手厚く歓迎し、保護しよう──良いな、大賢者、そしてカズキよ」

「……あぁ。ありがとな、イーブル」

「私からも礼を……大いなる賢者、イシス・ソルシエールの名において、最大の感謝を」


 イシス──そんな名前だったのか、まさか死ぬ直前に聞くとはな……もう少し早めに言ってくれてもよかったんじゃないのか? あぁでも、口を開くのも、億劫になってきたな。


「では……さらばだ……」

「さらばだ、魔王イーブルよ……最初こそ、蘇るのに憤慨したが……今は、頼もしい」


 イーブルは、薄く笑い……そうして完全に死亡した。


「……カズキ、まだ生きているか?」

「────あぁ。……たく、最後の最期に、名前を教えてくれたな」


 自分より早くに死ぬから教えない、なんて理由だったか。彼女が名前を俺に教えなかった理由は。


 ──事実、俺は彼女より先に死ぬ事になったが。


「カズキ……」

「……今の内に言える事、言っとく。ありがとな、最期まで付き合ってくれて」

「当然だっ──私は、お前の師匠なんだから……!」

「……なァ、師匠。愛弟子の最期の頼み、聞いてくれないか?」

「何だっ、私に出来る事なら何でも……!」

「──イーブルの奴も言ってたが、お前もお前で、もし妹が来たなら……保護、してくれないか?」

「あぁ、いいぞ。そんなことなら、いくらでも……」

「じゃあさ……俺の身体、埋葬してくれ、火葬でも、いいぞ。どうせどこの国でも……俺の身体を研究したがるだろうから、な」

「わかった。本当にそれだけか?もっと、出来ることはあるぞ……」

「ん、じゃあさ……」


 装備をある一つを除いて、特殊技能エクストラスキル【アイテムボックス】に放り込む。

 これで、俺の装備は俺の死と共に消える。勇者の装備の内使えるモノは次世代に受け渡すべきだろうが、そうはさせない。

 次世代の勇者達には申し訳ないが、これも一つのケジメだ。


 そして、残った一つ──俺が長らく愛用した双剣の片割れである【黒王の龍剣】を、【大賢者イシス】に渡す。


「俺が生きた証……これを預けるから、死んだら……返しに、来てくれ……」

「あぁ、わかった。わかった……」

「…………じゃあな、イシス……本当に、ありがとう────」


 意識が暗転する。死の恐怖心など、もう残っていない。


「──へぇ、これが歴代最強の勇者……」


 ……声が、聞こえた気がした────。


 ◆◆◆

 ──14年後。


 【大賢者】として名高い【英雄】イシス・ソルシエールは、いつものように黒剣の元へ訪れていた。

 傍らには酒瓶、それを持ってきた新しい小皿に注ぎ、剣の元へ置く。


「──あれから、14年だ。実に平和だよ……魔王が4体いる事以外はね」


 【大英雄】カズキ・シマムラ。彼はかつて歴代最強と恐れられていた【魔王】イーブルを討伐したと共に戦死した。


 相打ちで、両者とも大技を放ち……と、世間ではそう語られている。


 事実は違う。両者の亡骸がないのは、両者ともウィリスによって埋葬されたからだ。といっても、【魔王】イーブルの亡骸は後にカズキの言っていた火葬を実行し灰も残っていないというだけだが。

 カズキの亡骸──下半身は消し飛び、上半身のみしかないが──は、イシスの視線の先、黒剣の下に埋められている。


「その内の1体、通称"不動の魔王"は、自分からは一切手を出さない不思議な魔王と言われてる。多分、イーブルの転生体だな……コンタクトを取れればいいんだが……生憎お前の功績を少し掻っ攫ってしまった私は、そこまで自由に動けない。特に魔界にはね」


 いつもの定時報告。14年間一度も欠かさずカズキが死んだその日にイシスは訪れ、年に一度の定時報告をする。報告を受け取る相手は、何処にもいない。


 【英雄】とされるイシスだが、その実その力を恐れた各国の人類によって、行動範囲を大幅に制限された。

 それからは基本カズキと初めて出会い自らの拠点もある山にいる。


 出れるのは各国のお偉いさんが様々な交渉をしに訪れ、それをどういう形であれ承諾した時ぐらいだ。

 そのせいでろくに外出が出来ず、魔術や幻術を駆使してたまに人里に降りるぐらいしかできない。


「すまないね、カズキ。そのせいで、お前の妹らしき勇者の情報を失った」


 【魔王】が4体という今までに類を見ない非常事態に人類は恐怖し、【聖神】等に助けを乞うた。

 結果それに対抗するために、なんと30人もの【勇者】が召喚されたのだ。


 あらゆるコネを使いその場に居合わせる事ができたイシスは、【勇者】達の会話から【勇者】達はカズキのいた世界から召喚されたのだと判断し、カズキの妹を探そうとした。

 しかし、先程の制限によりそのまま拠点へと帰還する事を余儀なくされた。


 そしてどうにか新しい情報を掴むも、「モミジ」という名の【勇者】が訓練中に行方不明になったのがわかったのみ──手遅れだったのだ。


「守ると、保護すると言ったのにこの体たらく……申し訳ない」


 イシスはもう一つ小皿を取り出し酒を注ぐ。


「乾杯」


 ぐびっと酒を煽る。どれだけ飲もうが、今日だけは酔えないとイシスは確信している。


「だから飲み明かそう、カズキ」


 【英雄】は1人愛弟子の墓前で酒盛りを始めた────。


 ◆◆◆

「──使えるモノは全て使う。我等の信者、可愛らしい人類を滅ぼす世界に鉄槌を」


 ──声が聞こえる。一体、誰の声だろうか。

 そも、俺は一体……? 死んだ、と思っていたのだが……。


「勇者カズキの魂を保護、そのまま世界に降ろす」


 何だかすごい事を言っているな、誰だろう。どうにも、頭が働かない。


「勇者カズキ、あなたにはまだまだ戦ってもらいます。全ては我等が信者、人類のために」


 意識が、消える。あれ、この声どこかで────。


「……頼みましたよ、我等の見込んだ勇者。ついでに以前は出来なかった異世界旅行も許可しましょう。さぁ、再び世界を救いなさい。今度は表舞台に顔をあまり出さないように────」


 ◇◇◇

 嶋村 和樹(享年21) 決戦時ステータス


魂階Level】:90

生命HitPoint】:0/353286

魔力MagicPoint】:465562/465562

筋力Strength】:152415

耐久力Endurance】:182351

敏捷性Agility】:185418

器用Dexterity】:201245

年齢Ago】:18→21

職業Job】:【魔導師】

【称号】:【異界の勇者】・【召喚されし者】・【大賢者の弟子】・【賢者】・【超越者】・【到達者】



【大賢者】イシス・ソルシエール


 ステータスは決戦時のもの


魂階Level】:87

生命HitPoint】:102135/102135

魔力MagicPoint】:271342/271342

筋力Strength】:67253

耐久力Endurance】:75875

敏捷性Agility】:81575

器用Dexterity】:128332

年齢Ago】:141→155

職業Job】:【賢者】

【称号】:【大賢者】・【勇者の師匠】・【歴史を知る者】・【超越者】


 【魔王】イーブル


魂階Level】:97

生命HitPoint】:0/647155

魔力MagicPoint】:587654/587654

筋力Strength】:365221

耐久力Endurance】:287654

敏捷性Agility】:214356

器用Dexterity】:175321

年齢Ago】:171

職業Job】:【魔王】

【称号】:【歴代最強の魔王】・【異能の魔王】・【超越者】・【到達者】

技能スキル

固有能力ユニークスキル

 輪廻転生


神の窓ステータスウィンドウ


 神々が創り出した、個人個人のステータスを可視化する半透明なモノ。基本自分の分しか視る事しか出来ず、現在他人の【神の窓】ステータスウィンドウを視れるのはカズキと【聖神】、【旧神】のみ。

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