第2,5話 彼はまだ止まったまま
立花は日を追うごとに元気になっていった。足に打撲を受けたこと以外は怪我がなく体は元気だった。看護婦さんと母に連れられて院内を歩くようにもなった。
俺はというと学校に復帰しようとしていた。退院して少し経ち、母と一緒に昼頃に学校に行った。俺は母に連れられるがまま、職員室に入った。
学校というものは少し行かなくなると酷く真新しく感じるものだった。独特なにおいや、静けさがまるで非日常のようだった。
担任の細川先生は俺を見るやいなや、涙を流した。先生の口から「本当に無事でよかった」何度も声にならない声が漏れ出た。ほかの先生方も泣いている人もいた。しかしその多くは、遠慮気味に目を逸らしていた。そこで俺は気を使われていることに気が付いた。あぁ『そういう人』になってしまったんだ。『可哀そうな人』になってしまった。違和感が胸を締め付ける。
細川先生に先導されて、足取り重く教室に向かう。今は昼ご飯の時間だろう。
教室のドアを開けるとき、細川先生は俺に笑いかけた。しかしその笑顔に余裕はなかった。
ドアが開き、全視線がこちらに向く。その刹那、全員の顔が曇るように感じた。
先生が何かを言って、拍手が起きる。まだ顔は曇ったままだった。
親友だった奴と目が合う。相手の目が泳ぐ。
隣の席だった女子と目が合う。後ろの席だったのに、なぜか前にいる。やはり目が泳ぐ。
また一人目が合う。気の毒そうな顔で俺を見る。
また一人目が合う。決まりの悪そうな顔で俺を見る。
また一人目が合う。
また一人。また一人。
拍手はまだ続く。
ピアノの演奏を終えた後の拍手とは、当たり前ながらまた別のものだ。だが、感情が込められているという点では似ていた。
前者は称賛の意、後者は慰安の意。
乾いた手を叩く音が真四角のホームルームに響く。
俺は後ずさりして、逃げ出した。全力で走った。
それから中学には卒業まで一度も行くことはなかった。
学校側の配慮もあり、特別措置を設けられ、成績や進学についてはどうにかなった。俺は勉強が苦手ではなかったので、家に送られてきた資料などに目を通すなどして、軽い受験勉強を始めた。家にいることが多かったが一度もピアノに触れることはなかった。家に帰って来た立花に「弾いてほしい」と頼まれた際も、腕が痛いと言って誤魔化した。最低だと思う。でも弾けなかった。何故か。弾けなくなってしまった。幸運にも腕はすぐに良くなった。でも、でも弾けない。弾けないのだ。
立花をこんな目に遭わせてしまった。俺のせいで。俺の、ピアノのせいで。
俺のせいで……。
「宗太郎、大丈夫?」
ぼーっとしている俺の様子を伺うように氷花が問い掛ける。体内で熱が上がるような感覚に襲われる。氷花に話しかけられても、まだなお熱い。
「……桜が散る前に立花も連れて来たいね」
何故こんなことを言ってしまうのだろう。そう言うと氷花は驚いた顔をして「そうだね」と呟いた。
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