アカネの忘れもの

「詳しくうかがってもよろしいでしょうか?」

 落ち着いた素振りをしていたがショウタの鼓動は強く打ち始めていた。

「彼女の忘れものみたいなものなんですが、アカネさん、亡くなる日の午前にマインドコピーをされていたんです」

「マインドコピー!?」


 友人はアカネが進めていた研究について話し始めた。文系出身のショウタは研究について詳細に聞いたことがなかった。アカネも積極的に話さなかった。


「うちの研究室で行っていたのは、精神の電子化です。SFみたいな話ですよね」

「AIとかアンドロイドみたいなものですか?」

「少し違います。人間の精神をコンピューターにコピーする研究です」

「そ、そんなことができるのですか?」

「まだ非公開の技術です。条件付きですがコピーが可能なレベルに達していました」

「条件?」

「コピーできるのは三日間の短期記憶だけです。古い記憶のコピーはできません」

「でも、ほぼ妻なんですよね」

「性格や嗜好しこうは大部分が再現できます」


「あなたは妻と話しをしたのですか?」

「・・・・・・私、アカネさんがいなくなって、辛くて、悲しくなって、彼女の研究データにアクセスしたんです。そうしたら、当日の彼女のデータが残っていることが分かったんです」

 ショウタはつばをゴクリとのみ込んだ。


「どうしても話しがしたくて、教授に内緒でシステムを起動したんです」

「アカネさんは・・・・・・・と言ってもプログラムですが、いつものままでした。とても癒された気分でした」

 ショウタは黙ってその友人を見つめて聞いた。


「そのうち、彼女は本物の自分や、旦那であるあなたと話がしたいと言い出しました。これも研究の一環だって」

「・・・・・・で、私、事実を言ってしまったんです。残酷な事をしてしまったのかもしれません。彼女はひどく落ち込みました。何より残されたあなたのことを心配していました」

「彼女が・・・・・・話しをしたいと言っているのですか?」

「はい。あなたさえよければと」

 断る理由はなかった。

 今すぐ全速力で駆け付けたい気持ちだった。

「分かりました。お引き合わせします。ただし、アカネさんと言ってもプログラムなので姿はありません。声だけになります」

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