012 このお話はノアちゃん様の提供でお送りするよっ☆(その2)


「んで、ウサギくんは使えんのかね。このままだとバラバラになっちまうぜ?」


 問われて、ノアは頭痛の種を思い出す。

 最近、ダンジョン外で変死体が見つかる事件が相次いでいる。この一週間で実に五人もの被害者が発見されている。不可解なことに、被害者は全員が中級以上の冒険者である。


 遺体は原型をとどめておらず、現場の状況は酸鼻を極めた。駆け付けた警察官がみなその場で嘔吐したと報告があったほどである。

 凄惨な事件が表沙汰になっていないのは、ノアが関係各所を抑えているからだ。

 世間に晒さない理由は二つある。


 一つ目は、この事件が冒険者による殺人であること。

 中級冒険者の身体能力は一流のアスリートを凌ぐ。そんな人間を殺害できる人物となれば、おのずと容疑者は同じ冒険者に絞られる。

 このことが明るみに出れば、ダンジョンへの非難が殺到することは間違いない。それだけなら別段構わないのだが、冒険者が育っていない現状では、ダンジョンが規制される可能性はできるかぎり避けたい。


 二つ目は、事件現場が市街地であるにもかかわらず、周辺の防犯カメラから容疑者らしき人物を捉えた映像がひとつも上がってこないこと。それこそ犯人は蜃気楼のごとく現れ、犯行後に消えたとしか言いようがない。

 むろん、監視カメラへの細工や認識阻害の魔法なども考えた。

 しかし、警察の捜査では監視カメラに不自然な点はなかった。また、すべての冒険者の魔法を網羅しているダンジョンの記録にも、それらの魔法を持つ人物は挙がってこなかった。


 この結果を受けて、ノアの脳裏にはある疑念が去来した。確信を持てずにいるうちに、とうとう次の被害者が現れてしまった。

 現場に到着したとき、自身のよく知る魔力の残り香が漂っていることに気づいた。

 当時を思い出し、無意識にノアは奥歯を噛みしめられる。忘れられるはずがない。ノアの世界を血で塗り替えた仇敵の匂いだったからだ。


 ──あれは、ボクへの挑発だ。


 現場に残された魔力の痕跡は二つあった。


 一つはノアも知らない魔力。主の仇が裏で糸を引いていることの証左である。

 気が狂うほどの憎悪を抱えながらノアは捜査を重ね、そしてようやく殺人の実行犯に辿り着いた。それが、菱川雄吾という冒険者だった。

 しかし、確たる証拠を掴むまでは処分するわけにもいかない。


 そこでノアは、ブラフマンに菱川の監視を依頼した。

 監視を続けて一ヶ月が経った今日、菱川が新たな獲物を見つけたことを察知する。その獲物が山城羊太郎だった。彼は菱川の《扇動》の影響を受けなかったために目をつけられてしまったのだ。


「何とも言えない。ヨータロー次第かな」

「おいおい、最近はどこもきなくせえんだ。所詮は素人に毛が生えた程度を殺してイキがる雑魚だぞ? ウサギくんにゃ悪いが、俺やアルがンな雑魚の相手をしてちゃあ、敵さんにタダでお釣りをくれてやるようなもんだぜ」


 ブラフマンの軽口は、しかし正鵠を射ている。


「わかってる。キミたちにはもっと上の抑えに回ってもらわなきゃいけない」


 欧州各地では、不自然なまでにテロが激化している。中東における停戦の解除。そして日本のみならず各地で起きている不可解な殺人。

 しかし一連の事件は、より大きな事件の予兆に過ぎないだろう。

 ノアの知る仇敵は、そういう手法をとる。じわじわと首を真綿で締めるようにこちらを消耗させ、弱った隙に喉元へ食らいつこうとするのだ。


「だからこそ、ブラフマンにお願いしたいんだ」

「おっと、皆まで言わなくていいぜ?」


 ブラフマンが人差し指を立てる。


「ウサギくんはここで失くすにゃ惜しい人材だ。姫さんはそう考えてんだろう? じゃなきゃ、わざわざダンジョンに似せた空間を創ってまでレッスンしてやる道理がねえ」

「……さすがにバレバレだね。お見込みのとおりさ」


 羊太郎の魔法は、ノアも見たことがなかった。

 その魔法を使いこなせれば、羊太郎はモンスターとの戦闘において比類なき強さを発揮することができるだろう。そして、ブラフマンの指導を受ければ、羊太郎は対人戦闘においても一流の冒険者になれる可能性を秘めている。

 快楽殺人者ごときに奪われていい命ではないのだ。

 ノアの双眸に宿る熱を見て、ブラフマンはニヤリと口角を上げる。


「ほれ姫さん。いつものセリフはどうしたよ」


 ブラフマンが煽る。ノアはその胸板にぽすっとこぶしをぶつけ、


「ミッションの時間だよ、ブラフマン! 敵が仕掛けてくるまで、時間はほとんどないだろう。それまでにヨータローを鍛え上げるんだ!」

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