008 修行パートって飛ばされがちだけど意外と重要だよね。でもやっぱり地味だから流し読みしがち。


 火球が左体側を掠める。焦げ臭さが鼻腔にこみ上げた。


「ぐっ……」


 羊太郎は目まぐるしく体を動かす。四方八方から打ち出される火の玉ストレートが、キャッチャーミットよろしく羊太郎めがけて飛来するのだ。


 一方のノアは、宙に胡坐をかいて羊太郎の無様なタップダンスを眺めている。


「ほらほら、その体たらくじゃダンジョン攻略なんてできないぞ~」

「なんだよ、これっ。俺に曲芸でもさせようってか!?」

「アハハ、ある意味ではそうかもしれないね!」


 飛び方を教えなきゃね。そう宣ったノアから、羊太郎と蜂ヶ谷は一時間のレッスンを受けることとなった。開始から早三十分が経とうとしているが、羊太郎は休む暇なく火球の回避を繰り返させられている。


 ──なんでこんな目に合ってんだよ!


 鉄味の唾を吐き捨て、直撃寸前の火球に対し半身をひねって避ける。右上方からの二球目を横っ飛びで回避するが、大きく開いた隙をノアは見逃さない。


「隙だらけだよ、ヨータロー」


 羊太郎の後方で熱が膨れ上がる。察知が遅れれば、そのツケは自分で払わなければならない。背面で火球が爆ぜ、気づくと羊太郎は天井を見上げていた。


 ノアはふよふよと浮かびながら、熱さに身悶えする羊太郎の脇までやってきた。


「ただ避けるだけじゃダメなんだよ。未来を見越して動かなくちゃね」


 ノアの言葉が胸に浸透する。これまでも羊太郎は、場当たり的に動くのは上手いが先を読む力が足りないと評されてきた。


 羊太郎も自覚している短所だ。


 もっとも、現在進行形で自分を苦しめてくる張本人に指摘されたところで、素直に飲み込めるはずもなく。羊太郎は視線で反発心を示す。


「躾がいのあるいい目だ。ぞくぞくするね」

「そりゃどーも……蜂ヶ谷はどうした」

「フーカなら、あっちでナイトスライムに遊んでもらっているよ。フーカは保身に走る傾向があるから、追い込み続けて常在戦場の意識をたたき込んでいるところさ」


 ノアの指さす先では、蜂ヶ谷が騎士甲冑と対峙している。


 あの騎士甲冑のなかにはスライムが入っているらしい。器用に甲冑を操り、蜂ヶ谷の直剣を弾き飛ばして泣かせている。羊太郎も初めて見るモンスターだ。


 蜂ヶ谷の泣き声を聞きながら、供与された水筒を呷る。


 休息も束の間、ふくれっ面のノアが羊太郎の視界を塞いだ。


「ヨ―タローったら! 私と話してるときにほかの女の子を目で追いかけるなんてっ」

「いきなりキャラ変するの辞めてくれるか」

「可愛くて綺麗でカッコいいボクは、属性を盛ることにも余念がないのさ!」


 なぜ面倒な女ばかり関わることになるのか。羊太郎は辟易として自問する。


 訪れた沈黙は、しかし彼方から届いた蜂ヶ谷の「わだじのげんがえじで」という沈痛な涙声にかき消される。賑やかで素晴らしいことだ。


 ──なんで武器を奪われてんだアイツは……。


 羊太郎としては、相手の武器を奪い返すくらいの気概を見せてほしいところである。なにせ、ナイトスライムはノアが用意した訓練相手であり、蜂ヶ谷に攻撃を加えないようプログラムされているのだ。せっかくの機会を活かしてほしい。


 羊太郎は落胆して肩を落とす。他方、ノアは元気いっぱいに腕をかかげた。


「ボクのラブリーチャーミングなお茶目はさておいて、ウォームアップも済んだところだし、いよいよ本命の魔法レッスンと行こっ☆」

「ウォームアップどころか、燃えてたけど」

「運動も突き詰めれば燃焼だよ。体が温まったんだから、気にしない気にしない。ほら、湯煎でもレンチンでもインスタントカレーの美味しさが変わらないのとおんなじさ。便利でいて美味しさはそのままだなんて、素晴らしい商品だよね!」

「何かが致命的に違う気がする……」

「日本国民に広く愛されるなんて羨ましいね♡」


 白々しいノアにうんざりしながら、羊太郎は炎熱の冷めやらぬ体に鞭を打つ。


 三十分も火球を避け続けたせいで、立ち上がるのも一苦労だ。火傷した箇所がじくじくと痛むが、アドレナリンが出ているのか不思議と耐えられている。


 何のかんのと文句をつけているが、羊太郎はこの状況に楽しさも見出していたのだ。


「それで、俺は何をすればいいんだ?」


 指南はありがたいが、羊太郎は魔法スキルの使い方も知らない素人だ。何から手を付ければよいかもわからない。


 疑問を受けたノアが、浮遊状態を解いて地面に降り立った。


 それから「実践あるのみさ」としたり顔でつぶやくと、左腕を横へ水平に伸ばし手のひらを何も存在しない中空に向ける。ノアの左手あたりで空間が膨れ上がるような錯覚を覚えた。これが魔力を視るということなのだろう、と羊太郎はひとり納得する。


召喚サモン


 粛々とした言葉が、神秘性を孕む祝詞のごとく鼓膜に染みていく。


 膨れ上がった魔力が、まるで毛糸玉から糸が解かれていくように体積を減らしていく。そして魔力の糸が何かを紡いでいく。それは理の範疇を逸脱しているらしく、羊太郎に理解を許さない。


「おいで、ボクのナイトスライムたちっ!」

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