007 可愛くて綺麗でカッコいいノアちゃん様の登場だぞっ☆


 それから一時間ほど経って、ようやく羊太郎と蜂ヶ谷は腰を落ち着けることができた。


 二人とも壁に背を預ける形で地べたに座り込む。ジム通いをして基礎体力がついていなかったら、羊太郎はここまで動けなかっただろう。筋肉に黙祷。


「蜂ヶ谷、お前いくつ倒したよ。俺は十二匹超えてから数えてない」

「私は最初から数えてないです!」

「どやる要素がどこにあんだよ」

「山城さんはいままでに食べたご飯粒の数を憶えているんですか? 私は山城さんと違って、倒したスライムを数えるなんてみみっちい真似はしないんです」


 鼻高々に胸を張る蜂ヶ谷に羊太郎は殺意を覚えた。


 が、実行に移す体力がなく、立ち上がる気力も湧かない。軽蔑の眼差しを送るにとどめ、羊太郎は呼吸を整えることに集中する。


「そうかいそうかい、ならボクが教えてあげよう!」


 羊太郎でも蜂ヶ谷でもない、快活な女声が響いた。


 二人同時に声の方向に向き直る。そこにいたのは、白い髪の佳人だった。


「フウカちゃんは32匹で、ヨータローは48匹だね。初めてダンジョンに潜った者のなかでは、最高スコアだよ。おめでとう!」


 タブレットから目を外し、女は「わー!」と拍手をして囃し立てる。


 癖のある白髪に黄金色の瞳がいやに特徴的な女だ。精巧な人形のように整った顔立ちと身体は、一度見たら絶対に忘れられない容貌と言える。


 ノア=アークス。現代に名を馳せる時の人が二人の目の前にたたずんでいた。


「おやおや、どうしたんだい? 可愛くて綺麗でカッコいいノアちゃん様の登場だというのに、黄色い声のひとつも上がらないとは。ボクは悲しいよ?」


 目を細めて笑う姿が狡猾な蛇を想起させ、睨まれた蛙のごとく羊太郎は身震いする。


 しかし、この場にいるのは羊太郎だけではない。


「最高スコアということは、何か特典が!?」


 空気を読まないという意味で無敵の迷犬ハチガヤがいるのだ。自称栗サイズの頭脳が生み出す能天気さは誰にも引けを取らない!


「特にないかな」

「なぜにっ!? ここはチートをもらうのが普通なのでは!」

「んー? そうだねぇ……」


 ノアは思案顔になり、ややあって何か思いついたようにニヤリと笑う。ごそごそとポケットを漁り、「ステータスカード~」とだみ声でアイテムを取り出した。


「君たち、これの存在を忘れていただろう?」

「「あっ」」


 と二人の声が重なる。スライム狩りに夢中ですっかり当初の目的を忘れていた。


「ということで、ボク直々にステータスカードを進呈いたしま~す。はいフーカちゃん、頑張りましたで賞!」

「わ~い! いっぱい頑張った甲斐があった~!」


 無邪気に跳ねながら蜂ヶ谷がカードを受け取る。


「続いてヨータロー、機転が利くんだかよくわからないけどとにかく窮地を乗り切ったで賞~!」

「……その賞は喜んでいいのか?」

「モチロンさ! 何せこのボクが授ける賞なんだからね!」


 羊太郎は釈然としないままカードを手に取る。金属の冷たい感触が伝うと、熱を帯びた体から体温が引いていくような感覚があった。


 驚きを表情に出さないよう取り繕うが、ノアは目敏く羊太郎の変化を察知する。


「ヨータローは感じたようだね。たった今、キミはカードに魔力を吸い取られたんだ。そしてそのカードは、キミの魔力を吸ってはじめてキミのモノとなったのさ。さあ、ステータスを見てごらんよ」


 ノアが顎でしゃくって促す。羊太郎は手の内に視線を落とす。


 山城羊太郎

 魔力量:10

 魔法スキル:スケープゴート

 魔術スキル:


「身に覚えがないスキルがあるんだが」

「魔術と違って、魔法は勝手に発現するからね。ヨータローの場合は、よほど強い願望やそれに類する何かがあったんだろうさ」


 羊太郎は記憶を探るも、強い願望とやらは見つからない。無意識のうちに何かを願い、それが魔法スキルという形を成したのだろうか。


「スキルがあるだけいいじゃないですかっ」


 顔をしかめる羊太郎に蜂ヶ谷が詰め寄る。


「私なんて何もないんですよ! このままじゃ可愛いだけが取り柄になっちゃいますよ!」

「あはは、落ち着きなよフーカちゃん。キミたちは孵化したばかりの雛鳥なんだから」


 ノアが鷹揚に蜂ヶ谷の背をたたく。


「それにフーカちゃんの魔力量は人よりも多いほうだ。きっとこれから強力な魔法を得られると思うよ?」

「ならよしっ! 山城さんよりも先にハーレムを築いてみせます!」

「俺を引き合いに出すんじゃねえよ」


 まるで蜂ヶ谷と競っているかのようではないか。羊太郎としては、ハーレムなどという精神的に死にそうなお役目は真っ平ごめんである。


 面倒になりそうな予感がしたので、羊太郎は話題の舵を取りに行く。


「なあ。ステータスってこれしか載ってないんだったか?」

「ゲームによくあるATKとかDEFみたいな評価値は作ってないんだ。知りたければ筋力測定でもすればいいじゃない?」


 それに、とノアは言葉をつなぐ。


「ステータスなんてモノは一つの指標でしかない。それはキミたちもわかるだろう? ボクがこのカードを作ったのは、ただ現段階の人類が測れないモノを可視化したかったからさ」


 羊太郎はノアの説明にうなずいた。


 どれだけ肉体を鍛えたところで、一振りの刃物、一発の銃弾で人間は斃れてしまう。鋼の肉体と表現されようが、結局のところ肉はどこまで行っても肉なのだ。


「ご理解いただけて何よりだよ。お客様に納得してもらうのも管理人のお仕事だからね」


 ノアは執事のごとき立ち振る舞いで一礼する。素材が美しいだけに、男装しようとも凛々しく映るであろうことが妙に腹立たしい。


「それじゃあ、お次はトラップをクリアした特典を授けようか」


 黄金色の瞳孔を収縮させ、ノアの双眸が羊太郎と蜂ヶ谷を見据える。


 瞬間的に全身が粟立つ。羊太郎は怖気を飲み込みながら奥歯を噛みしめる。


 ──何が可愛くて綺麗でカッコいい、だよ。


 とびきり不気味で、恐怖を掻き立てる幽鬼の間違いだろう。


「雛鳥には飛び方を教えてあげなきゃね」

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