005 迷犬ハチガヤ
頭蓋の締めつけを緩めると、蜂ヶ谷は今度こそ心底痛そうにこめかみに手を当てる。癇に障るアピールをしないあたり、本当にダメージが大きかったのだろう。
ともあれ、羊太郎たちは無事に龍ヶ崎ダンジョン一階層へ転移した。
「ダンジョン内へはランダムに転移する……。なんとも都合がいいが、別の人間と同じ座標に転移したら現代アートになりかねんからな」
「知的アピールやめてもらえますか?」
「どこに知的要素を見出してんだよ」
ふてくされた顔の蜂ヶ谷に羊太郎は困惑する。
「山城さんはアートを楽しむような人間じゃないでしょ」
「失礼なやつだな。で、本音は?」
「私が楽しめないのに山城さんだけ楽しむのは許せん」
「安心しろよ。俺もアートを見たところですげえとしか思えない程度の感性しか持ち合わせてないから」
正直に返すと、蜂ヶ谷の口角がにんまりと緩む。小物感がすごい。
──ま、そんなやつだからこそ俺も気楽にやれるんだけどな。
内心を伝えるのは野暮だろう。羊太郎は目じりに笑みを忍ばせる。
ややあって、回復したらしい蜂ヶ谷が元気いっぱいに立ち上がる。
「さっそくスライム狩りと行きましょうよ! 私、早くステータスカードが欲しいです!」
「モンスターを初めて倒したときにもらえるんだったか。不思議な仕組みだよな」
「そんなの今更ですよ~」
「言われてみりゃ、それもそうだ。んじゃ、探しに行きますかね」
パーティリーダーが先頭に立つのはこの国のお約束だ。
先導しながら、羊太郎はダンジョン内をつぶさに観察していく。
岩肌の質感、やや湿った空気などから、ここが洞窟を模していることはすぐにわかる。一方で、光源がどこにも見当たらないにもかかわらず、視界を良好に保てるほどの光量があるので、ここが普通の場所ではないことも察せられた。
「ここって、本当に異世界なんですかねえ」
「俺らの知る現実世界と違うのは確かだけどな」
「より深い知識を得るには、きっと冒険者ランクを上げていかなきゃいけないんですよ」
「ランクねえ」
冒険者ランクとは、冒険者が適切な難易度以下のダンジョンにしか潜れないようにするための仕組みである。早い話、ダンジョンに潜るための免許制度である。
ダンジョンセンターで登録さえ済ませてしまえばだれでもFランクにはなれる。以降は、ダンジョンの踏破数や強さに応じてランクが変動していくシステムだ。ランクの基準は統一されておらず、あくまで各国が設けた自国基準となっている。
「やっぱり、謎の機構の情報を閲覧するためにはランクが必要なんですよ。世界の秘密を知るためにランクを上げていくにつれて、自分がどんどん人間離れしていくジレンマ……これが鉄板ですよ!」
熱弁する蜂ヶ谷がいつの間にか隣を歩くようになっている。
「水を差すようで悪いが、ランクが上がったところで俺らにダンジョンの情報を開示するメリットはないんじゃないか?」
「それは、まあ……ないかもですけど」
しゅんとする後輩に羊太郎はすかさずフォローを入れる。
「でも、そのほうがモチベは上がるかもな」
すると、一時はしおれた蜂ヶ谷が水を与えられたアサガオのごとく復活する。
「そうですよね! ロマンがありますよね!」
蜂ヶ谷の扱いはわかっている。なにせ感情表現が実家の犬と一緒である。
悲しいことがあればこちらが心配になるほど気落ちする。反対に嬉しいことがあると盛大に喜び、それがどんなに小さいことでも逐一報告してくる。蜂ヶ谷はどうあっても、羊太郎に実家の犬を彷彿とさせるのだ。
「任せてください山城さん! 私、スライムをとっちめてきますから!」
「おい! ひとりで先行するな──って、走るの速すぎるだろ」
尻尾ぶんぶんモードに突入した蜂ヶ谷は、意気揚々と剣をかかげて走り出す。
陸上の短距離走をやっていたこともあり、蜂ヶ谷は足の速さも犬並みだ。グルメ志向ということは嗅覚も優れているのだろうから、犬の要素てんこ盛りである。
駅の連絡通路ほどの幅がある道を蜂ヶ谷はひた走る。五百メートルもすると、羊太郎の視界から蜂ヶ谷が掻き消えた。
「ほー。これが距離による視認阻害ってやつか」
ダンジョンの内部では、対象物との距離が一定以上にあるとき、それを視認できなくなるルールがある。ダンジョンの難易度によって視認距離が異なるとされており、ここ龍ヶ崎ダンジョンでのそれは五百メートルであることが実証されていた。
知れば知るほど、ダンジョンには不思議が詰まっていると実感する。
羊太郎が手にするスマホは、外界と隔絶されたダンジョン内にあってなお電波を受信することができており、インターネットに接続してブラウジングすることも可能だ。
ほかにも不思議な点は多々あり、常識外れの大安売りをしている状況である。
それはそれとして、現状が利便性に長けていることに変わりはない。現代文明の利益を余すことなく享受している羊太郎としては非常にありがたい限りだ。
アプリでスキルについての説明を流し読みしながら歩を進める。
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