003 ヒトってヒトの動体視力を超える動きができんの?
ダンジョンでは、スキルと呼ばれる特殊能力を行使することができる。
ノアによれば、ひとりにひとつの魔法スキルと、誰でも習得できる魔術スキルの二種類に分けられており、冒険者はそれぞれを使い分けることが求められると言う。
「理外の事象を起こすエネルギー。すなわち魔力が、私たちには備わっています。スキルを使用するためには魔力が必要となりますが、このあたりはロールプレイングゲームを連想させるような仕組みになっていますね。スキルについても映像で確認してみましょう」
スクリーンに投影されたミノタウロスが再び動き出す。
牛頭の巨人が、両刃の斧を携えながら疾駆する。あまりの気迫に悲鳴を漏らす受講者もいるようだが、事前にわかっていたおかげで先ほどより影響は少ない。
前傾して疾駆するミノタウロスを、突如として現れた爆炎が横合いから殴りつける。爆発音とともにミノタウロスの体勢が崩れ、すかさずの追撃が巨躯を襲う。黒人の男が身の丈ほどもあるハンマーで左膝を強打し、破砕音の鳴りやむ前に白百合のような麗人が光の細剣で左太腿を貫いた。
ミノタウロスは痛みに悶絶しながらも、迸る憎悪のままに斧を振りかざす。対峙するは、黄色い声が聞こえてきそうな伊達男だ。がっしりとした上背のある肉体をしているが、素人目にもミノタウロスの膂力に真っ向から対抗できるようには見えない。
それにもかかわらず、伊達男は自分に向けて振り下ろされる斧をまっすぐ見据えている。
羊太郎が息を呑んだそのとき。
『おぉおおおおお──ッ』
轟く咆哮が、場を制圧する。鼓膜が揺れ、羊太郎の体にビリビリと電流が走る。
直撃の寸前、どこからともなく現れたのは大盾を携えた無骨な大男だ。ミノタウロスと伊達男の間に滑り込むと、掲げるようにして大盾を構え、全身が来たるべき衝撃に備えて大きく膨らむ。
刹那、斧と盾が邂逅し、事故でも起きたかのような金属音が響きわたる。
衝撃で体躯が押し込められるが、その体軸は反れることなく攻撃を受け止めた。そして、巨漢と伊達男の双眸に戦意が煌めいた。
再度の咆哮とともに、ミノタウロスの斧が跳ね上げられる。
ミノタウロスが無防備になった次の瞬間、その巨躯は頭と胴体との二つに分かたれている。気づけば、伊達男が両手剣を背負いなおそうとしていた。
「────」
その剣閃を、羊太郎は認識すらできなかった。
一瞬の間に剣が抜かれ、瞬きよりも速く振りぬかれたのだ。
いくらダンジョンで強化されたとは言え、ヒトという動物であることは変わりないはずだ。他のメンバーの動作を目で追うことができているのがその証左だろう。
しかし、伊達男の一撃だけは、何もわからなかった。
蜂ヶ谷は口を開けて呆けている。かくいう羊太郎も半ば放心状態だ。
「この映像は、ギリシャにあるクレタ島ダンジョンで撮影されています。イタリアのトップクランである〈Guerrieri d’acciaio〉によるボス攻略ですね」
菱川の声がいやに大きく聞こえた。
違う。それほどまでにこの場が静まり返っているのだ。
「クランのなかでも精鋭の五人を集めたパーティですね。それぞれがエース級ですが、個々の技に甘んじることなく、互いの長所を押し出した戦い方をしています。爆炎でミノタウロスの視界を塞ぐとともに勢いを削ぎ、その隙に両足を攻撃して突進を止める。怒りに任せた攻撃をはじき返したところで、無防備な首を刎ねてフィニッシュ。理に適ってはいますが、個人の力量が見合ってこそできる戦い方ですよ。ミノタウロスの膂力に真っ向から立ち向かえる人間なんて、世界中に三人といませんからね」
勝手に入ってくる情報を無意識に選り分ける。
もっとも、ダンジョンに潜った経験のない羊太郎では、何がスキルで、どれが魔術・魔法だったのかもわからない。
胸の奥に強い拍動を感じる。全身をめぐる血液が騒ぐように熱を持つ。
知らず、羊太郎は菱川の解説に耳を傾けていた。腐っても冒険者の端くれである菱川は、羊太郎よりもずっと優れた観察眼を持っている。
「彼らのスキルは公開されていませんが、ノアさんが言うには、彼らが使用しているのは魔法スキルらしいですよ。見たところ、爆炎は魔術スキルのフレアを燃焼でなく爆発に絞ったものですかね。黒人の彼は、身体強化に特化したパワータイプでしょうか。その後の光の細剣は、よく観察すると腿を貫通して地面に縫い付けられています。相手を縛り付けるバインド系統でしょう。大盾のタンクは、衝撃の吸収か分散に近しい。止めを刺した彼は、私にもわかりませんね。何せ見えなかったものですから」
白髪の混じった髪を後ろに撫でつけながら、菱川はカラカラと笑った。あっけらかんとした言葉が羊太郎に衝撃を与える。
菱川の言が正しければ、現役の冒険者でも伊達男の一撃は不可視である。
それこそ魔法のようであり、にわかには信じがたい。しかしながら、眼前の映像は脚色のない事実を映したものである。
羊太郎はすっかり思考を奪われ、気がついたときには蜂ヶ谷に肩を揺さぶられていた。
「もう終わりですよ~。早くダンジョンに潜りましょうよ~」
「あ、すまん」
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