6−1
6
わたしがこの世界について知っていること。
人は大きな過ちを犯した後、ミームだけを生み出しながら生きるようになった。
空を覆う硝子は加護であり、様々な災いからわたしたちを守っている。
同じような加護は世界にいくつも点在し、その中では人々が、わたしたちと同じようにミームを生み出しながら生きている。
人は誰しも、幸せに生きている。
そう思っていた。
円盤。
〈かれら〉。
空に無言で浮かぶその銀色の物体を、上手く頭で処理できない。
頭が理解を拒んでいる。
自分たちが誰かに生かされているなんて、考えたくもない。
「残念ながら、これが現実さ」〈蛇〉が言う。「君が認める、認めざるとに関わらず、変わることのない真実だよ」
あなたがわたしに悪夢を見せているのかもしれない。
「そうじゃないと証明する術はない。けど、君自身、僕を疑ったりはしていないだろう?」
わたしは口を噤む。発すべき言葉が見当たらない。
光を湛えている、銀色の円盤を見つめる。円盤の方からも、こちらを見つめている気がする。表面には、凹凸の一つも見られないのに。
わたしは言う。
〈かれら〉は何者なの?
もっとも、答えは期待していない。ただ、円盤に対して抵抗する気持ちから、形ばかりの質問をしただけだ。
案の定、〈蛇〉は答える。
「それは君が考え、自分で気付くしかないんだ」
わたしは目覚める。
目の前に広がる、見慣れた天井。それを見上げながら、自分が眠っていたのだと気付く。
本当に?
あれは――鳥となって空を飛んだのは、本当に夢だったのだろうか。あり得ないことのはずなのに、夢や幻の類いとしては処理できない。むしろ、この〈現実〉として理解している世界の方が、どうかしてしまったのではないかと思う。そちらの考えの方がしっくりきてしまう。
扉が開く。母性担当保護者が顔を覗かせる。まだ床に就いているわたしを見て、体調が悪いのかと心配そうな顔をする。わたしは大丈夫、と答える。
階下へ降りる。父性担当保護者が既に食事を始めている。わたしは彼の向かいの席に着く。
食卓。パンとミルク。焼いた卵に、薄切りの燻製肉。レタスとトマトのサラダ。いつもと変わらない取り合わせ。
だけど。
これは本当に、ここにあるのだろうか?
どうかしたのか、と声がする。顔を上げると、向かいで父性担当保護者が心配そうな顔をしている。
彼は本当に、ここにいるのだろうか?
この子、今日はなんだかおかしいのよ、とコーヒーのポットを手にした母性担当保護者がやってくる。彼女の存在も、わたしには確証が持てない。ここにいるはずなのに、ここにはいない気がしてしまう。
銀色の円盤。
〈かれら〉。
それらの像が、考えが、わたしの頭の一部分を占めていて、この〈現実〉を、〈現実〉として認識するのを阻んでいる。
頭痛がする。
いや、痛みは感じない。
そもそも痛みとは何だろうか。
痛みを感じるわたしすらも、今のわたしには感じられない。
大丈夫か、と両保護者たちが訊ねてくる。
わたしは頷く。意識がぼんやりして熱っぽい。そこへ、そよ風が吹いてくる。熱くなった皮膚が冷まされる。滲んでいた景色に、輪郭が戻る。
現実。
そうだ、これは現実。
わたしはここにいる。
わたしはここにいる。
わたしはここにいる。
わたしはここにいる。
わたしはここにいる。
何を疑うことがあるというのか。
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