5−6
三方向から、フナムシたちはにじり寄ってきた。三角形が見る見る縮められる。
俺はユニットのエンジンを最大まで吹かした。無線機のスイッチを入れ、周波数のダイヤルをひねった。やがて雑音の向こうから、粗野な男たちの声が聞こえ出した。
「しっかり掴まってろよ」俺はカナリアに言った。
鼻息と共に頷く気配が伝わってきた。
準備は全て整った。
機関砲を、正面から近づいてくる一機に向けた。その脚を狙って撃つ。
破壊した手応えはなかった。だが、それでよかった。そんなもの求めていない。
相手の砲塔が爆ぜるのが見えた。と同時に、横に飛んで砲弾を避けた。
爆発の衝撃。土埃が立ちこめる。その中へ飛び込んだ。
煙の中から、更に機関砲を撃つ。
無線が、男たちの罵る声で騒がしくなった。罵倒は俺に対してではない。仲間内で、互いの愚を非難しあっていた。
煙の切れ間から、別の機体が見えた。砲口がこちらを捉えようと漂うように動いていた。
わざと動きを止めた。狙いを定めさせた。
砲撃。回避。コクピットの何もかもが大きく揺れた。隔壁の外を、砲弾が空を切って飛んでいく音がした。
機体後方で爆発が起きた。同時に無線から『撃つな、撃つな』と聞こえてきた。
チロチロと揺らめきだした火に油を注ぐように、方向転換して機関砲を短く撃った。最初に砲撃してきた機体が、更に一発撃ってきた。
避ける。飛んでいった砲弾は、右後方で炸裂した。
『どこ狙ってんだ』
『射線に入るんじゃねえ』
『味方に当たる。撃つな、撃つな』
会話の内容から、積極的に撃ってくる機体とそうでない機体を判別した。前者の中でも、反射的に撃つ者、慎重に狙いを定める者を見定める。それらの脅威の具合を重み付けした。
まずは最も重み付けの低い、撃ってこない機体を潰す。装填の順番的に、次の発射はいま狙いを定めた機体だ。こちらの注意を引きつける。
相手の砲口が火を噴いた。俺はレバーを前に倒し、敵機との距離を詰める。体勢を低くした機体の上を砲弾が掠めていった。爆発と金属の拉げる音と雑音混じりの悲鳴が同時に起きた。俺の背後にいた機体がどうなったかは、確かめるまでもなかった。
『邪魔だ、どけ』がなり声。反射的に撃つ奴が装填を終えたのだ。言葉の矛先は、俺の正面にいる仲間だ。
『まだ撃つんじゃねえ』
仲間は脇へ退避しようとした。それを逃さぬよう、俺は相手に合わせついて行く。常に射線上に相手を入れ続けた。
「後ろは任せた」俺はカナリアに言った。
彼女は頷いた。後部の小窓を開ける音がした。
やがて、しびれを切らした後方の機体が撃ってくる。
「ハチ」
「掴まれ」
脚部を大きく屈ませ、機体を飛び退かせる。浮遊と落下を後に、衝撃が来た。シャフトの軋む音が聞こえた。どの脚も折れてはいないが、何本かは油圧に異常を来していた。
だが、得たものは大きかった。正面の機体が黒煙を上げていた。前脚が上手く動かないらしく、左に傾きながら、やがて前のめりに倒れた。それでも嬉しいことに、砲塔はまだ動くようで、こちらへ狙いを定めようとしていた。
『この野郎』
「撃ってこい」
『待て』
倒れた機体から放たれた砲弾を、俺は回避した。着地の衝撃でいよいよ二本の脚が故障した。
背後では爆発が起こり、最初に突っかかってきた機体の砲塔が大破した。前のめりに倒れた機体は起き上がれないらしかった。こちらも脚を引きずって歩く羽目にはなったが、追ってくる者もいなくなった。ゆっくりとだが着実に、その場を後にした。縄張りの外を目指した。
「成功した」カナリアが言った。
「ああ」俺は答える。「修理代が掛かっちまうけどな」
「ごめん」
彼女の声が暗くなった。俺は肩をすぼめた。
「まあ、命が無事だったんだ。よしとしよう」
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