5−5

『そこのユニット、停まれ』

 運が悪い、というより、自ら不運に飛び込んだのはこちらの方だ。ここはもう、奴らの〈縄張り〉の奥深くなのだから。

『停まれ。停まらなければ撃つ』

 外から拡声器ごしのがなり声がそう言った次の瞬間、機体の真横で建物の残骸が爆ぜた。こういう時、動く意思のないことを伝える術がないのは不便だ。もっとも、伝えられたところで撃ってこないとも限らないが。

 モニタに映る範囲では、相手の機体は一機だけだった。周囲を固められている可能性も十分にあるが、確かめようがなかった。無事に帰れたらドローンを買おうと心の底から思った。

 がなり声がさらに言った。

『運転手、出てこい。十数えるうちに、だ』

 外を覗こうとするカナリアを押し留め、俺は上部ハッチを開いた。両手を挙げた格好で上体を覗かせた。これ以上ないほどに〈無抵抗〉を示す姿だが、それが素直に通じる相手ではなかった。いきなり狙撃される恐れだって十分にあった。

 とりあえず、外に出て、周囲を見渡すぐらいの時間はあった。前方に、大砲を背負ったユニットが停まっていた。砲口はもちろんこちらを向いていた。

『どこのもんだ』拡声器ががなった。声だけでも粗野な男だとわかる。

「ツルミの二十三番だ」嘘を述べた。この場合、本当のことを言っても得にはならない。

『荷物も背負わず、こんな所で何してる』

「配達の帰りだ」

『嘘だ』相手は断言した。『〈宝〉を盗みに来たんだろう』

「盗まねえよ、あんなもん」俺は呟いた。奴らが〈触らずの地〉と銘打った場所に囲っている〈宝〉。本当に触るべきではない厄介な代物。

『何だと?』相手は反応した。集音マイクの性能が優れているらしい。

「宝に興味はない」と、俺は声を張った。「ただここを通りたいだけだ」

『通行料を置いていけ』

 相手が言った額に、つい舌打ちが出た。シェルター間の配送三回分だ。

「もし断ったら?」

『お前の命はない』

 俺は溜息をついた。それから、前を向いたままカナリアを呼んだ。

「お前に頼みたいことがある」

「大体わかる」彼女は言った。

「話が早い。このあいだ教えた通りにやってくれ」丁度、ユニットの基礎的な操縦方法を教えたばかりだった。

「わかった」

『今から言う口座に、一分以内に入金しろ。金が確認できなければすぐに撃つ』

 拡声器が振り込み用の口座番号を言い出した。どこかに書いてある文字を読み上げているようだ。

「今だ」俺はカナリアに合図した。

 その途端、低くアイドリングしていた機体が相手に向かって飛び出した。

「そっちじゃない!」意識と体が裂かれるような感覚に襲われながら、俺は叫んだ。

 そうする間にも、ぐんぐんと距離が詰まり、体当たりをかました。飛び散る火花。金属が拉げ、軋む音が辺りを満たした。衝撃には備えていたものの、想像以上の反動で、俺はコクピットへと転がり落ちた。

 操縦席のカナリアがレバーを後方へ入れ、すぐに戻す。コクピット全体が、巨人に振り回されているかのようにせわしく揺れた。俺は遠心力で飛ばされないよう、シートにしがみついた。

 機体が方向転換を済ませ、走り出した。後方では拡声器が何かを叫んでいるが、声は遠ざかり、何を言っているのかは聞き取れなかった。再びハッチから顔を出すと、相手が体勢を立て直すのが見えた。大砲がこちらを向いた。

「撃ってくる」

 砲口で煙が上がった。同時に、機体が右へ一歩ずれる。直進してきた砲弾が視界の端で炸裂し、土埃を巻き上げた。相手は装填中か地団駄を踏んでいるのか、すぐには次の動きを見せない。

「無茶苦茶だ」俺はコクピットに言った。

「こうした方が確実に逃げられる」カナリアが言った。

「そういうのどこで覚えたんだ?」

 風を切る音がしたかと思うと、機体の傍で地面が爆ぜた。立て続けに二度。周囲に目を走らせると、先ほどと同じような機影が二つ、それぞれ別の方向からせかせかと脚を動かしながら迫ってくるのが見えた。当然のように、背中には大砲を積んでいた。

 俺は時刻と太陽の位置を確かめてからコクピットに降り、カナリアと操縦を替わった。機体を大きく方向転換させた。

「逃げない」カナリアが問うように言った。

「このまま逃げてもジリ貧だ」俺は言った。「逃げられないなら、追っ手の足を止める」

 カナリアは頷いた。その眼は爛々と輝いていた。

 彼女の期待に答えるためにも、というよりこの場を生き延びるためにも、頭の使いどころだ。敵は、三機が三機とも強力な武装をしていた。一方、こちらの武器といえば、せいぜい貧弱な機関砲だけだ。正面きって戦いを挑んだところで梨のつぶてになるのがオチだ。正攻法は諦めざるを得なかった。

 増援で現れた二機は、初めの機体と同型。つまりなりがでかい。機動性ではこちらに分があった。

 これから起こり得ること、起こそうとしていることを、頭の中でシミュレートした。その危うさに、震えが全身を駆け抜けた。

 だが、やるしかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る