5−4
カナリアには一つの悪癖がある。いや、細かいことを言い始めれば一つではとても収まらないが、明らかに許容できない癖が一つある。
鳥を追いかけていなくなることだ。
文化がどうとか言っておいて、そんな動物めいた習性で周囲(主に俺だ)を煩わすなどにわかに信じがたいことだが、既に何度も肝を冷やす目に遭わされた。迂闊にふらふらと、それも手ぶらで歩き回るなど、荒野では命取り以外の何者でもない。幸い、過去二回に関しては何事かが起きる前に彼女を見つけることができたが、三度目に関しては少々厄介な事態となった。
〈楽園〉の外で暮らす人間が皆が皆、手を取り合って生きているわけではないことは既に述べた通りだ。むしろその逆で、無益な争いに度々興じるていることも。
火種は大抵、縄張りだ。各地に点在する村は、得意の発注者――つまり近隣のシェルターや〈かれら〉の基地を持っていて、他のエリアのクーリーがそこから仕事を受けるのは御法度とされている。流しや遠方からの配達の帰りに受注する場合でも、その縄張りを取り仕切る村にはお伺いを立てなければならない。
アオジが築いた連合のおかげで、今では大方の村は筋を通せば仕事をさせてくれる。だが時々えらく厳しい、ケチが行き過ぎたように縄張り意識の強い連中がいる。そういうところは領内(そいつらが勝手に決めた線引きだ)に踏み込むことすら許してくれない。そしてそんな厄介な連中が、俺たちの生存圏の割と近くにあったりする。
それが〈フナムシ〉だ。海沿いを仕切る彼らは頑として連合にも参加せず、自分たちの縄張りを守り、それを侵すものには鉄の制裁をくわえていた。
フナムシが面倒なのは、俺たちの村からだといくつかの目的地へ行く際に奴らの縄張りを掠めなければならない点だ。以前は谷に橋が架かっていたが、カナリアを運ぶ際にも見たように、それが落ちていた。あるいは、フナムシたちが因縁をつけるためにわざと橋を落としたとも考えられるが、証拠がないので疑っても仕方がない。再び橋を架ければいいのかもしれないが、荒野で生きる人間にはそんな財力も材料も技術もない。できることといえば、全速力でフナムシの縄張りを駆け抜けるぐらいだ。
そんな場所の近くで休憩した俺も迂闊といえば迂闊だった。どうしても煙草が吸いたくなったのだ。
歌も聞こえず、やけに静かなことに気付いた時には、もう遅かった。ユニットの縁に腰掛けていたはずの彼女の姿はなく、辺りを見回しても、どこにもその小さな人影を見つけることはできなかった。
俺は吸いさしを捨て、コクピットに飛び込んだ。己の間抜けを呪いながらエンジンを掛け、ユニットを始動させた。
辺りは昔の市街地らしく、崩れた四角い建物の残骸がいたるところに見られる。こうした過去の遺物はいつ何時、どんな拍子でさらなる崩壊を起こすかわからない。大雨や砂嵐をやり過ごすためでない限り、近づくべきではないのである。
二度の経験から、俺はメインモニタを熱感知モードに切り替えた。本来は岩陰などに身を潜める盗賊どもの気配を察知するためのものだが、精度を最大まで上げれば生体についてもしっかりと捉えることができる。周りの構造物が日差しで熱せられていると少々厄介だが、そこは根気強く目を凝らすしかない。
明暗の反転したような視界の中で、ユニットを進めた。歩調は忍び足ともいうべき、最もゆっくりした歩き方だ。
やがて、白い構造物の陰に消える小さな橙色を見つけた。大きさからして人間だ。俺はユニットを停め、上部ハッチから身を乗り出した。呼びかけると果たして、帽子を目深にかぶった小さな人影が現れた。
「勝手にいなくなるなって言ったろ」
これまでより一層強い口調で言ったら、カナリアは帽子を更に深くかぶろうと引き下げた。一応、反省はしているようだった。
だが、話はこれで「めでたし、めでたし」とは終わらなかった。むしろ、知らない間に厄介な方へと転がり続けていた。そうと気付いた時には既に手遅れで、危機は俺たちのすぐそばまで近づいてきていた。
機体を方向転換させ、モニタを通常モードへ戻そうとしたところで、大きな熱源を見つけた。周囲とほとんど同じ色をしているが、こちらは色に揺らぎが見られた。生きている熱源だ。
温度といい大きさといい、思い当たる節は一つしかなかった。
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